赤く染る ページ2
女のすすり声が部屋に響いている。
冷えきった部屋に明かりはなく、2人の男女が床に直接座りこんでいる。
いや、女は横たわっていた。
もっと正確に言えば、裂けた腹を抱えて倒れている。
大量に血を流しながら、「なんで」と繰り返している。
男は、女の切り離された小指を握っていた。
反対の手には少し大きめのナイフを持っているが、刃の部分は赤く染っている。
この状況で簡単に想像できるものが正解だ。
男が女の腹を切り裂いたのだ。
「傍に、いたいだけ、なのに……」
女のかすかな声は、正確に男の耳に届いている。
男は虚ろな目で女をぼんやりと見つめるだけで、慰める気配も、謝罪する様子もなかった。
「……もう、無理なんだよ。
君は僕の傍にいられないんだ。僕も君を守れていない。
もう僕たちは……終わるべきなんだ……」
自分の手の中にある女の小指を見つめ、涙を流した。
──男は夢から覚める。
地獄から解放され一時の安寧が訪れたことに安堵し、汗を拭った。
思い出したのは、現実で女の首に手をかけた日のこと。
男にとって夢を見ることは義務で、夢の中で女を殺すことを強制されている。
一時期は現実と夢の境目を見失い、体が動くままに行動してしまった時もあった。
女から向けられた怯えた目を忘れられずにいる。
『カーヴェ……』
震えた声はか細くて、恐怖に染まった表情をしながら涙を流す女の姿は、
男に大きな十字架を背負わせた。
赤い手の跡がついた女の細い首が脳裏に焼きつき、たびたび男を苦しめる。
ただあの時、男の思い上がりでないのなら、女は気遣わしげな顔をしていた。
頭を抱えて
それは、男の唯一の望みだったのかもしれない。
幻だと、気のせいだと言われてしまえば、男は否定の言葉を1文字も吐けない。
吐いてしまえば、男は自分自身から殺されてしまう可能性がある。
あの日、どうやって家に帰ったのかを覚えていない。
ただ、少し手を回しただけで女がオルモス港へ引越したことは覚えている。
それ以降1度も顔を合わせたことがない。
男は、これが最善の選択だと信じていた。
成人すれば、会いに行けるはずだと信じていた。
いざその時が来れば、男は会いに行かなかった。
このまま、全てが無になることを望んだのだ。
それはとても愚かで、切ない願いだった。
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作者名：ウェイウェイ | 作成日時：2023年12月1日 22時
