Good night Dear (ページ29)

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「…って感じですかね。」

研修医時代、事故にあったこと、ニューヨークで働くことになったきっかけ、喜多見先生との出会いを、簡単にまとめてメンバーに話す。

私が、〝脳外科〟というワードに敏感になっていること、喜多見先生にそれを指摘されたこと、を除いては。

「すごいッスね…。」

「大変な思いをされてきて…。」

徳丸くんと冬木先生が、悲しそうに眉を下げてそう話す。

「まだ、事故のことで覚えていらっしゃらないことはあるんですか？」

話を聞いていた弦巻先生が、遠慮がちに放った一言で、場は一瞬で静まり返った。

「…んー少しだけ。」

「…そうですか。」

本当は、少しじゃない。
私の記憶に残っているのは、地獄絵図のような光景、ガスが充満したトンネルの匂い、事故によってあがった炎の熱さ、人々が助けを求める声、そして無力な自分に対して感じたどうしようもない苦しさ。

それだけだった。

それだけを頼りに、残りの研修医期間も、ニューヨークに行っていた期間も、そしてここに戻ってきてからも、必死に食らいついて、あの日の記憶をこれ以上零さないように、ただひたすら命を救ってきた。踏みとどまるのに精一杯だった。

私は、大切なことを覚えていられなかった。

大切な人を目の前で為す術なく失ったというのに、最後の表情も、言葉も。

うっすらと、霧がかかるようにしか思い出せなかった。

残ったのは、深い悲しみと一生付き纏うであろう後悔だけだ。

いつの間にか、学生時代の記憶だって朧気になっていた。きっと私が、医者という夢から逃げようとして、すべてをやめてしまおうと思ったから。医者になるため捧げてきた6年間すらも、思い出しにくくなってしまった。

こんな時に限って、尚と目が合う。

すべてを理解したような。
それでいて、覚悟を決めたような。

そんな顔をしていた。

彼からは、目を背けるしかなかった。

私が泣いていいはずないのに、涙がこぼれそうだった。

「でももう、大丈夫ですから。」

無理やり明るく話してみると、メンバーはそれを察知したかのように私に励ましの言葉をかけ、元々の業務に戻っていった。

大丈夫、ではないし。

大丈夫、になる日が来るのかは分からない。

でも、あなたの隣ならいつかその瞬間が来るのではないかと思えた。

大丈夫、になることを、願うほかもう何も出来なかった。