面影 ページ5
炭治郎は繋いだままの手を引いた。逆の手で腰を支えられ、気が付いた時にはAは炭治郎の腕の中だった。
「大丈夫か?」
「う、うん」
不可抗力とはいえ、抱きしめられる形になってしまい、Aの心臓が脈打った。崩した体勢を立て直すと、ぎゅっと強く抱きしめられた。
「ちょ、炭治郎⁉」
肩に両手を置いて、Aは驚く。泣きたくなるほどの真っ直ぐな想いが彼の体温を通して伝わってくる。
でも、Aはその想いには応えられない。
「…炭治郎」
口を開いたAの言葉を炭治郎は首を振って遮った。
「いい。何も、言わないでくれ」
炭治郎は人並外れた、鋭い嗅覚を生まれながらに持っている。その嗅覚で、人の感情まで読み取ってしまうのだから、彼の前で嘘は通用しない。
「分かってる。Aが俺のことをそういう風に見ていないことも、恋愛に興味がないこともちゃんと分かってる」
「…じゃあ、どうして…」
今言ったの、とAは心の内で首を傾げた。
「言わないと、Aには伝わらないと思った。それに、今日言わないと後悔する気がしたんだ」
炭治郎はAを解放し、真っ直ぐその瞳を見つめた。
「お兄さんが見つかってからでいい。…考えてくれないか?俺はいくらでも待つから」
「…わ、かった」
見られるのがなんだか気恥ずかしくて、Aは俯きがちに小さく頷いた。
Aは再び炭治郎に手を引かれて、家に送られた。いつも以上に口数が減り、炭治郎の顔を見ることができなかった。
「それじゃあ、またな」
背を向ける炭治郎。その背が哀愁を帯びている気がした。
「炭治郎っ!」
なんとなく不安になって、その背中を呼び止めた。
「日が暮れる前に家に帰ってね!…暗くなったら危険だから」
「ああ。ありがとう」
手を振って炭治郎と別れた。時刻は昼前。Aは昼食を摂ると、そのまま家を出た。兄を探すために。どんな些細なことでもいい。兄の情報を求めて歩き出した。時間的にあまり遠くには行けない。それでも、あの大好きなぬくもりを追い求めて、今日も歩く。
幼き日のあの面影をひたすらに追いかけて。
最後に会ってから8年が経過している。Aが成長したように、兄も成長している。そんな相手を見つけるのは容易ではないけれど。探さずにはいられないのだ。
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作者名:星ノ宮昴 | 作成日時:2021年6月8日 21時