竈門家へ ページ1
雲取山を下ったところにはそこそこ賑わう町があった。幸せそうに笑い合う家族や恋人たち。夫婦や幼い兄弟。その町にはとても穏やかな時間が流れていた。
そんな町で齢13の少女は1人で暮らしていた。彼女にはかつて姉と兄がいた。
8年前、姉が祝言を上げる前日に鬼に襲われた。姉に庇われ、兄と共に命を救われた。兄とこの町にやってきたが、彼女は1人家に置いて行かれてしまった。兄の消息は不明。生きているのか死んでいるのか、確かな情報は何もない。故人になってしまっているのではないか、と言う人もいるけれど確証を得るまでは諦められない。兄が死んでしまったら、彼女は本当に天涯孤独になってしまうから。
彼女は働きながらずっと兄を探している。たった1人の、彼女の身内を。
「A、大丈夫か？」
「…うん。平気」
A、と呼ばれた彼女は同い年の少年に声をかけられて微笑んだ。
雲取山を登って、彼女＿＿＿冨岡Aは、少年＿＿＿竈門炭治郎の家へ向かっている。
冬の雪山を慣れていない、しかも女の子の彼女に歩かせるのは抵抗があった。けれど、両手を合わせて懇願されれば頷く他ない。それが、彼女に惚れた弱みというものだろうか。
彼は6人兄弟の長男。それ故、家族が多く家は大きかった。
「おかえりなさい。あら」
「突然すみません。お久しぶりです、葵枝さん」
「また大きくなった？何もないけどゆっくりしていって。今日は泊まって行って」
穏やかな笑顔にAは両手を振る。
「いえ！そんなご迷惑をおかけするわけには！」
「そう？Aちゃんが泊まってくれるならうちの子たちすっごく喜ぶのに。もちろん、炭治郎も」
「ちょ、母ちゃん！何言って…！」
顔を赤くして慌てる炭治郎。そんな息子に葵枝は穏やかな笑顔を向けるだけだった。その瞳には微笑ましそうな、懐かしそうな色が見えた。母には何でもお見通しのようだ。炭治郎の恋心もこの母には隠せない。
「…お言葉に甘えて…」
葵枝の言葉を無下に断ることは憚られた。
葵枝はAの言葉を聞いて嬉しそうに微笑んだ。釣られるようにAも微笑んだ。炭治郎の弟妹たちに会うのが楽しみなのだ。まるで本当の弟妹のように可愛がっている。Aは3人兄弟の末っ子だったから弟や妹ができたみたいで嬉しいのだ。
「Aちゃん！」
「禰豆子ちゃん」
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2021年6月8日 21時
