８ ページ8
あれから、僕はすぐに眠ってしまったらしい。
瞼の上を照らす太陽光が眩しくて目を覚ます。眠い目をこすりながら、サイドテーブルに置いてある時計に手を伸ばす。僕が起きるべき時間は六時なので、予定より二分五十二秒ほど早く起きることができたようだ。
ぐっと体を伸ばす。今度は怖い夢を見ることはなかった。目覚めもすっきりしている。
さて、彼女を起こしてあげなくては。ベッドに視線を戻して、そこで気が付く。彼女が眠っていた場所には空っぽの布団と微熱が残されているだけだった。不思議に思って首を傾げる。朝に弱い彼女が先に起きているというのは計算外だったので、裸眼のままきょろきょろと部屋の中を見回してその姿を探す。
窓の方に目を向けたところで、バルコニーにその小さな背中が見えた。パジャマのまま、サンダルも履かずに裸足でしゃがみこんで視線を床に落としている。もしかして昨晩の、と推測して、彼女と同じような恰好のままベランダに出た。朝の風は冷えていて、思わず腕をさする。
「おはようございます……寒くないんですか」
「おはよう。寒くなんてないよ」
こちらに背を向けたまま、彼女はそう返した。右手には「ワイルドストロベリー」と書かれた小さな木の板が握られている。特徴的な、可愛らしい丸文字だ。彼女の見つめる先には乾いた土と割れたプランターの破片、そしてワイルドストロベリーが無残にも散乱しており、落ちているそれには小さな蕾が複数、既に開花しているものもいくつかあった。それらを片づけることもせず、ただ黙って無表情で見つめていた。
彼女は昔から植物を愛していた。
花に携わる仕事がしたいという想いから就職先は花屋を選んでいたし、ハーブや漢方について詳しいのもこれが理由だろう。休日には押し花で栞を作ったり、ドライフラワーの類をハンドメイドしていたりするのを見かける。もちろんガーデニングも嗜んでおり、中でもこの花の栽培には特別熱心だった。「これは『四季なり苺』とも呼ばれているの。もうすぐ実が生るから、一緒に食べたりハーブティーにしようね」と、楽しそうに話していたことを覚えている。
そんな風に大切に育てられた花が、茎が折れたり潰れたりして彼女の足元に落ちていた。掛ける言葉なんて、今の僕には導き出すことができずに口を噤んだ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 4人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
繪棲(プロフ) - す、素敵…！！落ち着いた優しい雰囲気の世界が急にひっくり返って…頭が打たれたような感覚になりました。凄く好きです…！！ (2021年11月24日 0時) (
レス) @page17 id: 222d8aed0b (このIDを非表示/違反報告)
上鳴忠(プロフ) - ループ物語ですか！？うっわ…最高すぎました… (2021年11月20日 11時) (レス) id: b231fac804 (このIDを非表示/違反報告)
上鳴忠(プロフ) - わー！最近イナイレの作品が少なくなってて更に推しのやつも変わってないなーと思ってたら！ (2021年11月20日 7時) (レス) id: b231fac804 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
