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彼の名前は
なんとか研究施設から逃げ切った私達は、小さなアパートで暮らしていた。
初めて出た外の世界は、あまりにも眩しくて目が眩んだ。
こんな世界があったのかと、胸の高鳴りを抑えながらも、彼に色んなことを尋ねた。
彼はいつも柔らかく笑って、どんな質問にも答えてくれた。
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私は幼い頃、親に売られた身であったこと。
暗晦たちは過激な攘夷志士と組み、より強固な兵士を造るために、人工的に夜兎を作り出そうと目論んでいたこと。
そしてその研究の末、私が唯一の適合者だったこと。
しかし十数年に渡る研究が行き詰まり、研究費用も底をつき始め、いつまでも夜兎になりきれない私は失敗作だと判断され、処分される所だったこと。
それを知った信が、私を連れて逃げてきたこと。
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もう彼があそこの研究員だったことなんて、どうでも良かった。
私を連れ出してくれたことに対して、感じるのは感謝の気持ちだけ。
もうあんな生活を思い出す時間すら惜しくて、失った時間を取り戻すかのように私は世界を自由に生きた。
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あんな研究を続けていたおかげか、幸いお金は余るほどあった。
信が貯めてきたお金だったが、これは君のものだと、私に全てを託してくれていた。
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きっと私は、それなりに幸せだったと思う。
信と私はどこかお互いに深入りしないよう、距離を置いていた。
けれど不思議と、居心地のいい居場所だった。
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作者名:日向 | 作成日時:2020年10月10日 23時