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「A、ヤッパリここにいたネ」
今夜の勉強のお供はシトロンさんらしい。優しい笑顔を浮かべて私の目の前に座った彼に何の用か尋ねる。
「今日の公演楽しかったネー、ワタシ、ドキがムネムネしたヨ!」
「……そうですか」
「A、照明してる時すっごく楽しそうだったネ」
ただ雑談しに来たわけじゃないんだな、と思いペンを置いた。シトロンさんの顔を見上げれば、真剣な眼差しでこちらを見つめていて、視界が揺れた気がした。
「……専属の話ですよね。どうでしょう、考えることが多すぎて、自分でも自分が分からないんです」
「好きなことなら、やるべきネ。自分の心によく聞いてみるとイイヨ。Aの情事はカントクから聞いたネ、だから、あまり気乗りしないのも分かるヨ。でも、自分の心に嘘つくのは、凄く、辛くて、悲しいヨ」
「シトロンさん……。事情、ですね」
「オー! また間違えたネ!」
一瞬見えたシトロンさんの陰はもう見えなくなっていたけれど、何処か彼の言葉に重みを感じた。日本語があまり得意でないからこそ、直球で感情に訴えてくる。
「千秋楽まで、じっくり考えます。だから、そんな悲しそうな顔しないで。私は自分の選択に後悔したことなんて一度もないですから、今回も悔いのない選択をしますよ」
「それなら良かった、一人で考えきれなくなったらワタシや他の春組の皆にも相談していいヨ!」
シトロンさんの言葉に頷けば、良い子ダネ、なんて頭に手を置いてからバルコニーを後にした彼。まさかシトロンさんに気を遣われるとは思わなかったな、と苦笑する。楽屋でボロを出したとはいえ、私はそこまで分かりやすいのだろうか。
「父親を否定したい。でも、皆を否定したくない」
突き詰めてしまえば、この結論に至るのだ。お姉ちゃんにもお母さんにも余り言えたことがない私の本音。察してはいるだろうけれど、それでも私とは違って父親との思い出が沢山残ってる人たちだから、大きな声では言えなかった。
「千秋楽までには答えを出さないと」
聞いた話によると茅ヶ崎さんも千秋楽まで劇団に残る約束で、その後は分からないとの事だった。彼の場合、もう答えなんてほぼ決まっているようなものだけれど。
「私も素直になれたらいいのに」
ポツリと漏れた本音は夜に溶けて消えていった。
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作者名:あだしの。 | 作成日時:2020年11月3日 22時