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八、倉庫、あるいは文無し二人の訝しげな視線 ページ9

海辺のとある静かな赤煉瓦倉庫、その中の三つの人影を月を覆う雲が見下ろしていた。
人影の一つ、不安げな表情の敦は大きな木箱の上に膝を抱えて座っている。白髪が不気味な暗い倉庫内でもきらきらと光った。
その隣には黒髪、黒セーラー、黒タイツと黒づくめの詩房が薄暗い倉庫の闇に溶け込むようにして腰掛け、これまた黒の革靴(ローファー)の爪先を憂鬱そうに見つめている。
二人から少し離れた木箱の一つに腰を下ろし、憎たらしい程に長い脚を組み本を読むのは、太宰だ。この男は、そうして月明かりに照らされていると一服の絵画の様に美しいのだが、如何せん手の中の本が物騒すぎる。

「・・・・・・本当にここに現れるんですか?」

「本当だよ」

沈黙に耐えられなくなった敦がとうとう口を開く。彼の口から発されたのは詩房も疑問に思っていた事であった。
自信があると云うよりは、既にあった事を報告する様な太宰の言葉に、二人が首を傾げて顔を見合わせる。余りにもはっきりした答えに二人は口を噤んだ。
そもそも、三人がこの倉庫にいるのは追われていると云う敦を餌にして、『人食い虎』を発見する為である。では何故、詩房も嫌々乍ら此処にいるかと云うと、敦と同じく報酬に釣られたからに他ならない。
詩房の現在の所持金は、野口が三人。だが、今や彼女は一文無し。
何故なら、先程の茶屋で国木田が財布から取り出した紙幣は、自分の知っている日本の紙幣とは全く異なるものであったからだ。つまり、此処では彼女の野口はただの紙切れに等しい。金が全て、とは云わないが金が無くては生きていけないのは、自給自足など考えたことも無い彼女にとっては、純然たる事実でしか無い。
そんな訳で、「餌は多い方が虎も喜ぶだろう」とからから笑いつつ、かなりの額(なお不思議な事に円と云う単位は同じであった)を提示し、国木田の制止を振り切った太宰の口車にまんまと乗せられ、詩房は敦共々此処にいる。
生きる為とは云え、『人食い虎』をたった三人で発見しようと云う試みに加わった事を、詩房は後悔し始めていた。正直な話、本当に敦を追っているという確証のない虎を、この不気味な倉庫で待ち続けるのが馬鹿らしくなって来ている。
太宰は何故か虎が現れると断言しているが、信じられないものは信じられないままである事に変わりはない。それは、敦も同じであったようで、二人は彼に訝しげな視線を向けた。

九、彼女の思想、あるいは疑念と伝えられない理由→←七、違和感、あるいは探偵の実力と嫌な予感



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犬原(プロフ) - 織川さん» ご感想ありがとうございます。作品の更新を楽しみにしてくれている方が一人でもいることが分かり、とても嬉しいです。至らない部分もあるかと思いますが、よろしくお願いします。 (2018年4月7日 7時) (レス) id: 467c88039a (このIDを非表示/違反報告)
織川(プロフ) - コメント失礼します! 犬原さんの文がとても素敵でいつも更新を楽しみにしています。占いツクール作者の中では犬原さんの小説が一番好きです。これからも応援しています! (2018年4月6日 20時) (レス) id: f371f8209b (このIDを非表示/違反報告)
犬原(プロフ) - 石橋さん» コメントを下さってありがとうございます。自分の文章を好きだと言ってくださる方がいて、作者冥利に尽きます。まだまだ未熟ですがこれからも精進していきたい所存ですので、よろしくお願いします。 (2018年3月23日 14時) (レス) id: 467c88039a (このIDを非表示/違反報告)
石橋(プロフ) - コメント失礼いたします。密かにですが、犬原さんの作品が好きで追いかけさせてもらっている者です。いつも美麗な文章と原作の雰囲気を自分の物にするストーリー展開に惚れ惚れしています。ご自身のペースで執筆作業を頑張ってください!応援しております。 (2018年3月23日 1時) (レス) id: 1d9b4e262e (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:犬原 | 作成日時:2018年3月21日 14時

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