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「はあ…」
ベンチに腰掛けてしばらくボーッとしていると、だいぶ落ち着いたようで涙も引っ込んだ。
それでも気分は晴れないままでこのまま東京に行ってやろうかとさえ思った。
でもできない。
みんなに会おうとすればするほど、両親の泣き顔が頭から離れなくなる。
「Aさん？」
顔を上げると半袖の澤村くんが立っていた。
首筋には汗が伝っていて、ランニング中だったのだろうか、呼吸も荒かった。
「澤村く…あ、先輩…」
実は私は年上を先輩やさん付けで呼んだ事がほとんどなく、頭の中で澤村くん、スガくん、旭くん、潔子ちゃん等と呼んでいた。
それが口に出たのは初めてで、私は慌てて口を押さえる。
「く…？どうしたんだ、こんな時間に」
「さっきまでバイクで走ってたんです」
これです、とベンチの横に駐めたゴキを指さす。
澤村くんはそれを見てへえ、と感嘆の声を漏らした。
「Aさんバイク乗るんだ」
「はい、実は…。澤村くん…先輩は、ランニング中ですか？」
直そうとすれば余計に滑る口に、私は白目を向きそうになりながらも言葉を続ける。
澤村くんはさっきのくはくんのくか、と笑っていた。
澤村くんはシャツを引っ張って顎下の汗を拭う。
「さっきまでスガ達とランニングしてて、今から帰るところなんだ」
そうなんですね、と言葉を返した。
仲良いな、とは思っていたが一緒にランニングするほどとは…。
澤村くんあとー、と言って少し赤く染った頬をかきながら言った。
「呼びやすい方でいいぞ、無理して先輩つけなくていいし…」
「いや、でも先輩は先輩なんで…」
「メリハリをつければいいよ、つーか俺はあんまり気にしないからさ、そういうの」
澤村くんはそう言うと、ニカッ、と効果音がつきそうなほどの笑顔を見せた。
三ツ谷とドラケンを足して、そこから怖さと野蛮さを抜いたような人だ。
芯がしっかりしていて、安心する。
「わかりました、澤村くん」
そう言うと澤村くんは、なんか照れくさいな、と笑った。
大人っぽく見えるけど、年相応なその姿に私は自然と笑みが浮かぶ。
「私もAでいいですよ」
「えっ…」
「苗字で呼ばれるの慣れてないんです。それに私だけじゃズルいじゃないですか」
ニコリ、と微笑む。
澤村くんは少し躊躇ったあと、ゆっくりと口を開いた。
「A……チャン」
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作者名：くゎじゅ | 作成日時：2021年9月9日 1時
