肆 ページ30
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なんて、現実逃避願望を滲ませていると、不死川様がフラフラと冨岡様に歩み寄っていた。
彼の両腕はぶるぶると震え、こみかみ辺りの血管がピクピクと蠢いている。相当無理してらっしゃる。
噴火しないか心配だ。
「な………なぁ、と、冨岡」
挙動不審!挙動不審ですぞ!不死川様!
きっと胡蝶様からお館様のお誉めを貰えるとでも言われたのだろう。
父とも慕うお館様の願いでなければ、こんなことはしない。絶対に。
怒りに声が震え上ずっている。口元にも怒りのあまりか、うっすらと笑みさえ浮かんでいる。
まさに涙ぐましいまでの努力だ。
「い………今から、鮭大根を喰いに行かねぇかァ?」
「行かない」
即答。
一瞬、空気が冷え固まった。かと思うと
「冨岡ァァァ!!!」
噛み殺さんとする不死川様を、悲鳴嶼様が後ろから両腕を抑えて止めている。
微動だにしない悲鳴嶼様はやはり鬼殺隊最強である。
「鮭大根なら、さっき、食べた」
その小さな呟きは、不死川様の獣並みの怒号によって掻き消され聞く者はいなかった。
結局、この時 冨岡様を笑わせることは出来なかった。
だが、刻が過ぎ、新しく出来た弟弟子によって彼の心が洗われる日が来ようとは
この時のボクが気づくことはなかった。
お館様だけは、近い将来に冨岡様の笑う姿が見えていたのかもしれない。
【笑わない君へ】 完
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