君と、恋の話がしたい。 (ページ39)

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「紫耀くん！」

紫「また君か。」

確か、成瀬さん。
この間あれ程先生に怒られていたのに、どうやら今日も秘密で脱け出してきたみたいだ。

「ねえ、やっぱり平野先生の息子さんなの？」

紫「そうだよ。それがどうかしたの？」

「いや、いつも此処で何してるの？」

紫「....あの大きい名前を見てる」

俺が指差した方向をわかりやすく彼女が向く。
其処にいつも変わらず定位置に見える
“ 平野総合病院 ”の看板がある。
どうしてこんなことを彼女に教えてしまったのかは今になってもわからない。

紫「どう思う？この場所」

「どう思うってどういう事？」

紫「...ごめん。変な事聞いちゃったね」

病人に対して、余りに不謹慎な事を聞いてしまったと思った。
それに彼女はまだ14歳。何もわからない子供だ。

「素敵な場所だよね。ここは空気が美味しい。だけど、中は少し居心地が悪いかな」

彼女は律儀に答えてくれた。
それに、俺と同じ事を思っていたから驚いた。

「ガラス張りの窓に一人で囲まれているとね、怖いの。」

普段は明るい彼女の隠された本音はこれなんだとわかる。
それもそうだよな、死の恐怖がいつ襲ってくるのかわからないんだから。

紫「君はなんの病気？」

「だから病気じゃないってば」

そこだけは決して答えてくれなかった。
病気の事はどうしても認めたくないんだろう。

「紫耀くんもお医者さんになるの？」

紫「どうかな」

本当はきっとそうなるのだと思う。
敷かれたレールを歩くのが俺の宿命なんだとは思っている。
それなりの教養だってある。
ただ、俺はこの場所がどうしても嫌いだ。

「きっといいお医者さんになるよ。」

紫「どうかなって言ってるじゃん」

「私わかるの。紫耀くんは必ずお医者さんになるよ。」

つくづく核心をついてくる子だなと思う。
必ずお医者さんになる、きっとそれは正しい。
そういう未来が俺には充分に用意されているから。

その充分すぎた用意も、期待も
俺にとったら全部重荷になっているのだけれど。

此処に来てはあと数年して、この病院に立って仕事をする未来を何度も想像した。
まだ、俺だってそれなりに若いのに。
想像する度、怖くなった。

父親の期待に応えられない事が起きた場合。
俺はこの大きな名前に泥を塗ることになる。