【d!】幻想と花束【短編集】

やさしいひと【tn】 ページ40

「きもちわるい……」
「飲みすぎやろ。ほら」

金曜日の居酒屋で、飲み過ぎて伏せている私とそんな私に水をくれたトントンは、会社の同僚だ。
華金、っていうとちょっと古いイメージを持つかもしれないけど、疲れも溜まってるし終電近くまで飲むぞー！って思いながら、ばかすかとお酒を頼みまくった。トントンは頼むたびに心配してくれてたのに。

うえ……と机の上で死にかけている私の隣にいたトントンは仕方ない、と言いたげに少しため息をついた後、私の背中を優しくさすった。生暖かい生き物の温度が服越しに伝わるのがわかった。
私は少しびっくりして、バッ！と起き上がり、慌ててトントンのいる方を見た。
トントンもぽかんと口を開けて、私の奇行に驚いていた。
そしてその後、少し罪悪感が混ざったみたいな不思議な表情で笑い、私の背中から手を遠ざけた。トントンが触れていたところだけが暖かかった。

「ごめんな」
「あ、いや、ううん……」
しまった。普通にするつもりだったのに。
どうしよう、トントンにそんな顔させるつもりなかったのに。酔いが一気に覚めた。スーッと全身が冷えていく感覚に陥る。

「大丈夫やから」

トントンは優しい声を出して、私の方を向いた。私もトントンの瞳を見た。すぐに逸らしたくなったけれど、でもそれはトントンに失礼だと思って、そのままじっと見つめた。

「返事はもっと先でもええから。今は俺の気持ちを知っとるだけでええから。」

その言葉を聞いた私は、今すぐこの場から消えたくなった。






私はこの間、トントンに告白された。そしてすぐに返事ができなかった。

それがトントンのことが嫌いということとイコールになるわけではないけれど、私はトントンにすごく申し訳なかった。でもトントンは私を責めなかった。そして「謝らなくていい」と笑ってくれた。
そしてその時にも、トントンは言ってくれた。

「返事はあとでええから」
私は今、その言葉に甘えている。

恋人はいないし、トントンのことは嫌いじゃない、むしろ人間としてすごく好きだけど、でも私はまだ返事が言えていなかった。そして私はトントンに優しくされるたびに死にたくなる。



優しいね。優しいよ、トントンは。
それこそ、こっちが罪悪感を抱くほどに。

あーあ。こんなに優しい人を好きになれたら、幸せだったのかなあ。

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