☆紺碧の触れるところ 壱 《小夜左文字》 ページ19
思えば、可笑しな主だった。
「小夜左文字。私が今代の主となる者、名はA。
だが呼称としては審神者とでも呼んでくれればそれで十分だ。
どうぞ宜しく。」
鍛冶場の熱が、淀んだ僕の瞳と彼女の芯の通った瞳の間に紅を添えていく。
人の形を持って初めて見たその中黄。
その時には素直に受け入れることなど出来なかったのだけれど、今思えば、彼女は本質的に僕の事を理解してくれていたのかもしれない。
敵の血を流す事しか出来ない、人型という容器の中に流し込まれた怨嗟の渦こそが、僕なんだと。
けれど、彼女と時を経ていくにつれて気付いた。
それを直ぐに認めてしまえる、『強い』彼女が、とても脆いことに。
体調を崩した。
世に言う熱中症というやつだったが、我が本丸の直属医師である薬研が在中であった為大事には至らなかったのが幸いだったか。
未だ少しふらつく視界の中、取り敢えず仕事を休むわけにも行かないと刀達には内緒で書類仕事にだけは手を付けていたのだが。
その日の執務室には、珍しい来客があった。
「小夜、お前が来るとは珍しい。」
袈裟を身に纏った少年は、何処ぞの龍とは違うが比較的自ら此方に寄ったりする事はない。
多くとも兄弟刀である江雪や宗三の下に居る所を見るくらいだ。
それが如何して、今日突然に訪れたのか。
寡黙を貫く少年に問おうとも答えが返る事は殆どないという事を知っている以上、無駄に口を開くこともないが。
不可思議な行動を気には留めつつ、ちょこんと小さな身を整えて座布団の上に置く彼の前に湯呑みを差し出す。
終始、無言。
何を伝えるでもなく、拒むでもなく。
まるで空気のように其処に居ようとする。
何か悩みでもあるのだろうか、兄弟喧嘩でもあったか。
否、あの左文字で争いが発生するとは思えない。
となると、何だ。
「…主。」
悶々としながらも何も言わずにいる事に耐え難くなった訳では無いのだろうが、最初におずおずと口を開いたのは小夜の方だった。
「何だい、小夜。」
話す事に慣れていない様子の彼を急かすのはいけないだろうが、折角声をかけてくれているのだ。
反応しないのはもっと悪い。
そう考えて出来るだけ柔い声色を心掛けて視線を返すと、不意に頰に手が触れた。
それが彼の小さな手だと気付くまで、暫し時間が掛かったような気がする。
「…。」
人間では不健康と取られるかもしれない程に透き通った白い肌。
掌が包む先の私の頰は、彼の色と相反してとても汚れて見えた。
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作者名:乱数 | 作成日時:2019年8月14日 2時