【短編集】何の変哲もない本丸のありふれた小噺 (ページ18)

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★夏の夕の終　〆　《石切丸/にっかり青江》ページ18

主と話を終えて執務室を出た所で、不意に廊下の隅から喉奥を震わす笑い声と共に若い色男の声が運ばれて来た。

「おやおや、何も言わずに出てきてしまって良かったのかい。」
「…何のことか、分からないな。
主と話をする機会があったからといって、何かとカマをかけたりするのは良くないと思うよ。」

ねえ、青江くん。
少しばかり鋭くなった視線を向けられた、樹海の暗さを称えるような深緑の彼は、その問いかけに動じる事もなく普段通りの飄々とした様子で「ふふ、彼女はあんなことやこんなことを聞いたのかい…勿論、相談の事だよ？」なんて揶揄い返して来る始末。
明らかにのらりくらりと躱されている。
その感覚に眉が寄るのを感じながらも、さっさと自室へ戻ろうと彼の前を通って廊下を抜けようとする。
しかし、それは叶わなかった。

「おっと、そんなに急がなくても。
僕だって君と話をしたくないわけじゃない。」

とん、と肩を押されて元居た位置へと押し戻される。
彼より私の方が身丈があるというのに、そうさせる圧が今の彼にはあるように思えて仕方がなかった。

「何故主に昨晩の『真実』を伝えなかった。」

至って冷静な口調で問われたその文言に、ぴくりと自分の肩が跳ねるのを感じた。
愚かなものだ、これでは相手の前提が正しいことを肯定しているようなものなのに____否、もう、隠すだけ無駄ということだろう。
肯定するしか、なかったというべきだ。

「…伝えた所で、何になるというんだい？
彼女を混乱させて、それでその先に何があると？
もし伝えていたとしたら、審神者としての業務にも差し障りが出るかもしれない。
彼女は知っての通り、成果を大事にする審神者だ。
そんな彼女に要らない負荷をかけるのは、賢明とは言えない。」

太郎太刀のように、出来るだけ穏やかに、彼に己なりの考えを伝えようとする。
果たして伝わったのかは分からない。
彼の髪に隠れた赤目が、此方をじっと見据えている事だけは何故か良く伝わって来た。

「…まあ、それもそうだね。
主に言ってもどうしようもないというのは、確かだ。」

そこまで言って青江は漸く、邪魔して悪かったと言わんばかりにひらりと手を振って廊下の道を明け渡してくれた。
安堵の息を吐きながら、私はゆっくりと歩みを進め自室へと戻っていく。

「どうしようもない、ね。」

すっかり静かになった廊下に、僕は一人で佇んでいた。

「そりゃあそうだ。
だって『アレ』は、もう君が斬ってしまったのだから。」