【短編集】何の変哲もない本丸のありふれた小噺 (ページ12)

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☆夏の朝の夢　〆　《石切丸》ページ12

部屋に招き入れた御神刀様に座布団を渡すと、直ぐに小さく感謝の言葉を述べられる。
つくづく、この石切丸という刀は丁寧で穏やかな気質を持つ様だ。
以前それをぽろり口にした時には、「歳だけは重ねているからね。」なんてまた曖昧に微笑まれた。
優しくて、そして、食えない男。
それが私の彼に対する印象だった。

「____で、考え事とは何かな。」

空調機器が風を送る音が部屋を流れていく。
片隅でそれを感じながら、不意にかかった声に現実に引き戻される。
大柄な彼の前に向き合う様に座りながら運ばれてきた湯呑みを片手に、暫し顎を摩った。

「…あまり、こういった事を不用意に私の口から話すと、君たちを不安にさせてしまうかもしれないんだが…気になることがあるんだ。
それも、つい昨日パッと咲いた芽でね。」

考えあぐねている様子が語り口から伝わったのだろう。
石切丸は目を細めて「ゆっくりで構わないよ。取り敢えず、話してみないと何事も分からないからね。」と助け舟を出した。
有難く助言を拝借しつつ、羊羹を口に含む。
優しく溶ける甘味が、頭に纏わりつく重みまで水に変えてくれている様な錯覚を感じた。
矢張り悩んでいる時に得る甘味というのには、特別な力があるのだろうか。

「ええと、実はだね…昨夜の記憶が曖昧なんだ。
妙に寝付けなくて、そのまま気分転嫁に廊下に出て…其処までは覚えているのだけれど、気付いた時にはまた部屋に戻っていて。
目が覚めた時に頭痛がしたこともあったから、もしかして身体を悪くしたり…昨日、何かあったんじゃないかと。
そう、考えてしまってね。」

時々痞えながらも何とか話し終えるまで、石切丸が此方に口を挟むことはなかった。
漸く顔を上げた先に見えた彼の表情は普段と変わらず穏やかで、何だか気が抜けそうになる。
だが彼の瞳は真剣な色を称えていて、彼なりにこの話を吟味してくれているのだろうということはしっかりと伝わってくる。

「…成る程、ね。
いや、本当は話すつもりはなかったのだけれど…。」

少ししてから、大太刀は何かを言い含むような口振りで湯呑みを置く。
その言葉に彼が自分の知らない何かを知っていること、そして、それを隠そうとしていた事実を悟った。

「どういう事かな、石切丸。」

不思議なもので、己の声は微かに震えていた。
それは未知に対する恐怖、そして、
揺らぐ信頼に対する恐怖かもしれなかった。