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私が果物屋さんに行くと、両隣とさらにその隣くらいからおかみさんたちが
がーーーっと集まってくる。
なんなら、向かいの並びからも、樹さんのわきを通っておかみさんたちが
集まってくるのが見えた。
「A!久しぶりじゃないか!」
「元気だったかい?」
大学にいる、噂話好きでただただ陰口を言うためだけに、表向き心配している
女の子の集団と違って、心底心配している様子で私に声をかけてくれる。
「ぁの、はい、元気です、ぇと、」
「少佐に何もされてないかい!?」
魚屋のおかみさんが樹さんに視線を向けながら言うと、全員がそれに合わせて
樹さんを見る。
「え、されてないです、なにも、」
同意の上とはいえ、キスをしました、だなんてとても言えない。
「最近、Aに会ってなかったから聞けなかったけど。」
「…はい、」
「お前さん、夏の間ずっとここにいたじゃないか。……親御さんに心配かけてないかい?」
私に顔を近づけて、小さな声でそう聞かれる。
「………あの…大丈夫です、どちらも亡くなって、いない、ので、」
消えそうな声でそう答えると、おかみさんたちは全員で顔を合わせる。
「……父は、戦死しました、母は……心を病んで、体を壊してしまって…父の後を追うように、その数か月後に、」
今は、両親が残した家が田舎にあります、とつけ加えると、みんなが私を可哀想扱いする。
「そうだったのかい、気の毒に。」
「知らなかったとは言え、変なこと聞いて悪かったね、」
「…いえ、」
「だけどね、A。」
花屋のおかみさんが、私を見つめて言う。
「少佐もつらいのは、表情を見てりゃわかるよ。毎晩のように女を買ってたときも、張り付いた
ような笑顔を浮かべてたけどね、今じゃそんな顔ですらしちゃいないよ。きっとつらかったんだろうし、
今もずっとつらいんだろ。」
だけど、ともう一度言って。
「結婚前の男と女が一緒に住んで。特に将来を誓い合ってるわけでもないだろ?
いつまでも一緒にいて、傷を舐めあってたら、永遠にお互いに依存しあうだけだよ。」
と、きっぱり断言する。
そんな言葉は、きっと樹さんの耳にも届いていて。
樹さんは、つかつかと私たちのところへ歩いてきて。
「帰るぞA。」
そう言って私の腕をつかんで。
「俺はもう軍人じゃねぇ。」
そう言いながら、おかみさんたちを見渡して。
「何度言ったらわかるわけ?」
そう言って、市場を後にした。
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作者名:月華 | 作成日時:2023年3月28日 1時