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ここです、と、自分が部屋をとった宿を伝えると。
「部屋に荷物が残ってたら、全部持ってこい。」
と、樹さんがいきなりそう言った。
「あの、それはどういった、」
「ここの酒場に集まる連中はタチが悪い連中が多い。出るぞ。」
「え、でも、」
いいから、と樹さんは私の腕を引いて宿のドアを開けた。
「部屋、どこ。」
樹さんが私の腕をつかんだまま、客室への階段を途中まで上がると。
「ちょっと少佐！困るよ、お客さんの部屋に勝手に入りこまれちゃ！」
階段の下から、宿のおかみさんの声がする。
それも無視して、階段を上がる樹さん。
「ここ、です、」
「荷ほどきしてある？」
「ない、です。」
「じゃあ全部持ってこい。」
有無を言わせない声に、わかりました、とだけ答えて、部屋に置いたトランクを持って出る。
「これだけ？」
「はい。」
「よこせ。」
そう言って、半分無理矢理私の手からトランクを手にする。
廊下を歩いて、宿の受付がある酒場に降りると、そこには宿の主人とおかみさんがいた。
「ちょっと少佐！困るよ！」
「少佐じゃねえ。」
「うちで一番いい部屋に長期滞在する上客なんだ、連れてかれちゃ困るなぁ。」
「あんな客しかいねぇ酒場の宿にこんな若い娘置いておけるか。」
樹さんが、親指で背後の酒場を指す。
行くぞ、と、樹さんに腕を引かれて歩き出そうとすると、宿の主人が前に立った。
すると、樹さんは小さくため息をついて。
「………A。」
「は、」
「お前、何泊抑えた。」
「ぇと、10日、です、」
そう答えると、樹さんはズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「これで足りるだろ。」
そう言って、裸のお札を何枚も主人の胸元に押し付けると、「行くぞ、」と言って
もう一度私の腕をつかんだ。
「退役軍人は金持ってんなぁ！」
…ドアを閉める瞬間、そんな声が背後から聞こえた。
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作者名：月華
| 作成日時：2023年3月28日 1時
