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"くそ、見張ってたっていうのか？ あの、クソストーカー野郎、決闘の時はただじゃおかないぞ……！"
剣は、いつもより口汚く刃衛を罵っている。
剣心はそれを、真っ白になった頭で聞いていた。いや、聞いていなかった。耳から耳へ通らせて、内容は、ちっとも頭に入っていなかった。
ふら、と勝手に体が動く。
"……剣心？"
そこからは、あまり良く覚えていない。
いつの間にか、道場にいる弥彦と左之助宛に手紙を書いていたのはうっすらと記憶にあるが、それ以外は空っぽだった。気がつくと森の中で、美しい月が木々の隙間から見えていた。
(……、……決闘の……場所)
"……剣心！ 聞こえてる？"
(……つるぎ)
"はあ、いくら話しかけても返事しないから、どうかしちゃったかと思った！ ……大丈夫？"
(……ああ)
嘘だった。
さく。葉を含んだ柔らかい土が小気味よい音を立てる。
しばらく歩くと、開けた。古ぼけた神社と、明かり。両手を封じられた女性と、笠をかぶった男。
男がにやぁ、と口元をひん曲げた。
それを見た途端に、頭が真っ赤になったような錯覚を覚える。胸がむかむかして、瞳孔が開いて、ぎちりと音を鳴らして歯を食いしばる。
「いい目だ」
男が歯を見せた。
「怒っているな」
「……ああ。薫殿を巻き込んだお前と……」
"剣心、落ち着けよ。相手の思うつぼだ"
「……それを阻止できなかった、『俺』自身にな」
"っ、おい、剣心！ 落ち着けって……！"
変わった一人称に剣が声色を変えた。焦りと恐怖、ほんの少しの怒りを抱えた声だ。
うるさい。
"剣心！？"
うるさい。
いつもは耳触りのいいはずのその声が、いまは酷く五月蝿い。雑音が脳内をかき回す。
"……!!"
だんだん小さくなっていく雑音に息を吐き、剣心は刀を抜いた。相手と自分の抜き身の刀が、月明かりに反射する。
「なかなか心地よい殺気だ。……あとは、そのけったいな刀の刃を返せ。それで、伝説の人斬り様の復活だァ……」
五月蝿い。
「……黙れ」
人斬りじゃない。
拙者はもう人は斬らないと決めた。いいや、俺は人斬りだった。人斬りだった、その過去は、もう切り離せるものじゃない。過去は、人みたいに簡単に斬れるものじゃない。うるさい、うるさい、人だって、簡単に斬れていいはずがない。人を斬っていいはずがない、だって、今は平和の世だ。
混乱したまま、一歩踏み出す。いつも聞こえるはずの声はもう、全く聞こえなくなっていた。
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作者名：アオ | 作成日時：2017年3月3日 17時
