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艶やかな黒髪を伸ばした美しい女だった。着物の襟がはだけないように押さえて、男の怒号に顔を歪めながら走る。逃げているようだった。
いや、事実、女は男達から逃げていた。
この女、名を恵という。
「いたか!?」
「いねえ! くそっ、どこに逃げやがった、あの女!」
「……おい! いたぞ、あれだ!」
息が切れる。
「は、はっ、……!」
恵と、恵を追う男達は、だんだん人気の少ない長屋が並ぶ通りに入っていった。
◆
「やった、2、5の半! ははは、また勝った!」
連続勝利に気分が良くなった左之助の昔馴染みは、ほか2人と顔を付き合わせて笑いながら、並べられたコインを自分の方へ引き寄せた。
「…………」
左之助、言葉もない。
「……」
"お茶うまい"
剣心と剣はまったく我関せずというように、お茶など啜っている。
「け……剣心、てめえ呑気に茶なんか啜ってんじゃねえ! コラ! まぐれでいいから一度くらい当てやがれ!」
"おー茶ーがーこーぼーれーるー!"
「そうっ、言わっ、れてもっ……」
揺さぶられつつ喋るので声が揺れる。剣などは、なら自分で予想したらいいのに、とも思うが、いかんせん伝える術がない。
「左之さん、今日はヤケに気合入ってるなぁ!」
一人が笑い混じりに言った。サイコロを投げる役の男だ。
「んん? あたぼうよっ、飴売りのヨイタにちょっとした借りがあってな。今日は利子つけて返してやろうと思ってんのよ」
それを聞いた瞬間、男三人の顔が少しばかり固くなった。誰からともなく視線を落とすが、左之助は気づかない。
「そういや、ヨイタは何してんだ? 博打と聞きゃーいつもすっ飛んでくるくせによ」
きょろきょろと頭を回すが、狭い部屋の中、この五人以外の姿は見えない。男三人の頭はますます下がった。頭と一緒に背中も曲がって、いかにも何かありました、と知らせるよう。
「……どうしたんでえ、お前ら」
三人は顔を見合わせた。サイコロを投げる役の男が、未だ手の中にあるサイコロでカラカラと遊びつつ、言った。
「……ヨイタは死にました」
「……なに?」
"死んだ? 穏やかじゃないね"
左之助は動揺しきり、サイコロを床に置いた男の胸ぐらを掴んで問いただし始めた。
「死んだ? ヨイタがか? なんで、病気か!? あの元気だけが取り柄のヨイタが!?」
胸ぐらを掴まれたまま痛ましそうに顔を歪めて、男が顔を伏せた。
「……アヘンです」
「なに?」
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作者名:アオ | 作成日時:2017年3月3日 17時