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遠くから声がした。薫の声だ。剣心を案じる声、それに何を思ったか、刃衛が口を裂けんばかりにひん曲げる。
「……もっと怒ってもらおうか」
薫と刃衛が相対する。
__嫌な予感に、どくりと心臓がはねた。
"……、おい、おい待て、てめえ何する気だ__!?"
剣のその凍るような叫び声と共に、刃衛が目を見開いた。
「……」
「……」
はく。薫が口を開く。だが、声は出てこない。酸素を求める魚のように口をはくはくとさせるだけで、まんまるの目が剣心を見た。
「薫殿!?」
あれは、息ができていない。
「心の一方をかけた。肺機能まで麻痺したぞ。もってせいぜい五分だな」
くつくつ、噛み殺しきれない笑いがきこえる。
"………………"
怒りのあまり、剣が言葉をなくした。
「この術を解く方法はふたつ」
刃衛が指を二本、ピンと立てた。何が面白いのか、うふふ、と笑いながら。
いつも笑っている。
こいつはもう、笑う以外の表情を忘れてしまったのかもしれない。
「一つは俺を上回る剣気をもって、自力で解く……もうひとつは、術をかけた俺が死ぬ」
無理だ。
死線のひとつもくぐったことのない薫が、刃衛を上回る剣気など出せるはずもない。
……となれば、手は一つしかないのだ。
「おしゃべりの時間はないぞ! 言いたいことは、そのけったいな刀で…………!!」
ひゅん。
刃衛の視界にいたはずの剣心が、風切り音と共に姿を消した。
「ガッ……!!?」
見えない一閃。
それで、刃衛の鼻は折れ曲がった。
「……、い、いいいいまのは……!! 剣閃はおろか、体のこなしすら見えなかったぁ……!」
歓喜に体を震わせる。鼻から流れる血などに目もくれず、ただただ、強者に出会えた幸運を喜ぶ。
ああ、これだ! これこそが! 幕末最強と謳われた、非情、残忍、冷徹の……!!
「これが……これが人斬り抜刀斎!!」
刃衛は歓喜のあまりに声が震えるのを感じた。
「いいね……いいねぇいいねぇこの感じ……!」
優しげな紫色の瞳を、爛々と輝く黄金色に染めた剣心が、幽鬼のように身を起こす。
「おしゃべりの時間はないんだ」
冷えた声だった。絶対零度の声だった。いつもの自分など思い出せないくらいの、感情のない声だった。
「殺してやる」
だからさっさとかかってこい。
いつもの自分なんてのは、ついさっき捨ててしまっていた。
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作者名:アオ | 作成日時:2017年3月3日 17時