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部屋を出て、病院へと向きかけた足を止めた。
しばらく考えて、逆の方向へ向かう。
櫻井に嘘をついたわけではない。
「二人のとこにも行くけどその前に」
誰に言い訳をしているのかも分からないが、小さく呟く。
十八、とかかっているプレートを見て、インターホンを押した。
長く返事がなくて、大野は肩をすくめる。
「ま、この時間だもんな。部屋帰っちゃってるか」
踵を返そうとしたその時に、『はい』と返事があった。
「あ、いた」
『その声、大野？』
「そう。十五班の大野」
しばらくの沈黙があって、『今開ける』と声がした。
ピピ、とロックを解除する電子音が聞こえてドアが開く。
「入って」
顔を覗かせた男は、明らかに疲れた顔をしていた。
十八班が使っていた部屋。
十五班と同じ部屋の作りのはずなのに、やけに殺風景なのは荷物を片付けてしまっているからだろう。
十八班は、数日中にここを出て行かなくてはいけない。
「大丈夫？ 野村」
「大丈夫か、って言われたら大丈夫じゃない。けど大丈夫」
「どっち」
はは、と苦笑した野村。
「大野だって大丈夫じゃないだろ。でも大丈夫って言うだろ。それと同じだよ」
「……なんか分かった気がする」
「だろ？」
部屋を見回して、小さく笑った大野。
何回かこの部屋には来たことがあった。
「だいぶ変わっちゃったね」
「まあ。片谷と豆坂はもう出て行ったからさ」
「あれ、じゃあ班を解散するの？」
頷いた野村。
「そう。二人は霜隊に行くって。江藤と水島はまだ悩んでる。佐々木と平井は霰隊だって」
「野村はどうすんの」
「俺は、部隊をやめるよ」
目を丸くした大野。
「やめちゃうの？」
「やめる。隊長にも話して、上から許可も貰ったよ。一般人になる」
「そんな」
言葉を失う。
野村とは長い付き合いだった。
だからこそ、かなりショックだった。
「そんな顔すんなよ」
「だって」
「大野にそんな顔されたら、心残りでやめれねえじゃん」
苦笑した野村。
「やめないでよ」
「いや、やめるよ」
「なんでよ」
「もう、この仕事からは足を洗うわ」
足を洗う、という単語に顔を歪めた大野。
分かっている。
この仕事は世間のいう「普通」の仕事でないことぐらい。
「……やめて、何するの」
「ケーキ屋でも開くかな」
「似合わなさすぎて笑う」
「笑うな。結構本気だ」
ふふ、と笑う。
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作者名：翠霞チサ
| 作成日時：2018年12月9日 2時
