2 願いを叶える異能の少女は太宰治と恋をする【文スト】

69　槍が降ろうが星が降ろうが ページ29

ほんの一瞬、その男の気迫の色が変わった気がした。


　気がした、だけだが。


「お願いします」


　駄目押しのもう一手。

　目が怖い、
　刀が怖い、
　次が怖い。


　でも、引かない。


「娘」


　沈黙後、男が口を切る。


「貴殿は、何がしたい。何になりたい。そんな事が無意味なのは、承知の上か」


　分かっている。

　何がしたくて、
　何になりたいか。


「うん」


　決意に満ちた私は、
　もう、恐れない。

　例え、自身に利益がなくても。
　例え、人質に成ったとしても。


「そうか」


　両者一歩も動かず。
　両者一目も逸らさず。

　風が吹く。
　太陽は照る。


　男は、口を開いた。


「断る」


　目を見開くA。


「無意味だからだ、私にとって」

「…………」


　まあ、
　そうである。

　まあ、そうだ。
　子供でも、解ると思う。


　難しい、
　難し過ぎる。

　人を、正しく、助ける事は。


「既に、貴殿の逃げる時間は要らないと言った。では、今ここで、貴殿がすべき事は只一つ」


　その男が見た、
　爆弾を、
　Aも見る。


「……………」


　もう、これしかないなら。
　もう、それしかないなら。


「……わかり、ました」


　一歩、近付いた。


　男と――人質の少女は、Aを見据えた。


　それが、答えかと。


　矢張り、とも。


　一歩、近付いて、
　丁度その刀の切っ先が、届く所で。


　これが、答えだと。


　石Aは、動いた。


　鋭い眼光。
　静寂なる呼吸。
　纏う情調。


　その空気が、変わった。


「！」


　爆弾は、左手に。


　そして、

　いつの間にか、


　男が持っていた刀は、
　Aの右手に。


「「……………！」」


　ほぼ、一瞬の出来事だった。


　流れるような動きだった。

　男と人質の少女は、その全ての動きをじっくり、回る世界で、見惚れる様に眺めていることに気付く。


　倍以上ある体重と、
　圧倒的な身長差を越えて。

　右手にあった筈の刀は、彼女の右手と左手の甲で捩じ込まれ、その男の両手ごと、捻り倒されて。

　ふわりと。
　軽やかに。

　あくまで、練習通りに。


　それは、無刀取り、に似たモノ。


　成功の確率が低い中、
　最後の手段で、
　その為だけに、


“剣道関係無いっすけど、こんな技があって――やばいっすよね”

“遊ぶな、村社”


　Aは、やった。


　手順やポイント、全て習った通りにやった、一発本番の、奇跡。

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