3 文豪グルメ 短編集【文スト】

芥川龍之介　黒豆 ページ9

「うわっ、其処からも羅生門！全部掬えそうにないぞ！間に合う？！」

「何をそう騒がしくされている」


　後ろから芥川の声がするが、身体は鍋に向いたまま、お玉を構えている。


　出て来る灰汁を、
　出て来る悪を、取らなければ。


「毎年、態々、マメなことで」

「あぁ、豆だけに？」

「…………」

「ごめんて」


　昨夜から一晩漬けた黒豆。


　マメに仕事をする。
　皺が寄るまで元気に働く。
　邪気祓い、
　黒く日焼けする程マメに。


　半分位、がれ君とは縁遠いね。
　
　元気とか邪気祓いとか、
　日焼けとか。


「よし」


　灰汁取りが終わったのか、弱火にし、落し蓋、をすると。


「ああぁ！」


　うっかり声、というやつ。


「何方へ」

「購い忘れた！鍋見てて！」

「な」

「火が消えないかだけでいいから！」


　靴を履き、扉を開け、


「絶ッッッ対！蓋開けないでね！」


　出て行った。

　残される、芥川と黒豆の鍋。
　微かにシュンシュンきこえる。


「…………」


　芥川は逡巡する。


　昨夜、錆釘などと煮ていた黒き豆か。
　なんでも、照りを出す為だとか。


　Aさん手製、他の煮物よりも厄介で難解な代物だと簿焼いていた。


　ならば僕は、先刻下った任務を完遂するまで。


「…………」


　無言で鍋の火を見つめる。
　新年は明日だと云うのに、多忙なAさんの手を掛けさせるとは。

　全く、小さな豆の分際で。


「…………」


　火は消えていない。
　ぎりぎり消えない所で、その火を灯している。


「……ふ」


　不敵に、笑う。


　そして戻ってきたAが目にしたのは、腕を組み、番犬の様に鍋の前に立つ芥川。


「遅いです。何を購って」

「これこれ」


　季節外れの、無花果の実。
　闇に隠れて花を咲かせる至高の果物。


「…………」

「鍋番ありがとー、今一つ剥くね」

「豆は」

「あぁ、火つけっぱで六時間位放っといていいから。絶対開けないでねー」

「…………」


　水場に向かうAを見て、
　不気味に、笑った。
　

「貴様の命も三ヶ日までだ。

　Aさんの為にその身を虚弱にし、精々味を浸透させるがいい」


　芥川は鍋に、
　笑った。


　鍋には触れず、


　想いは、込めて。
　

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