3 文豪グルメ 短編集【文スト】

条野採菊　　ラムネ【体の90％がラムネ様Req.】 ページ45

ポンッと云う音、刀に手を掛けた。


「え……」


　きき知らぬ声。
　軍服を着た男が迫れば自ずと出る反応。


「その手にしているモノはなんでしょう？」


　爆弾か？
　拳銃か？
　テロか？


　場合によっては――


「えっと……ラムネです」

「――ラムネ……あぁ……え？」


　条野は手を離し、向き直った。


　勘違いをしてしまうとは、無明の王の名が泣いている。


「失礼致しました。この時期ですから、要らぬ警戒をしてしまったようで。条野と申します」

「紛らわしくて済みません……Aと申します……あれ」


　ふむ。
　Aさん、此方がみえていない事に気づいた様だ。早いな。


「これ、一応確認で……」


　手に触れた硝子瓶。
　独特の形をした括れのある瓶、英国で開発され、日本では西より発祥したとか。
　その冷たさに小さく身震いする。


「寒い中、ラムネですか」

「好きなんです」


　この声色に、発汗、心拍数、
　Aさんは笑っている。


「条野さんはお嫌いですか？」

「嫌いではないですが」


　季節感無視……鐵腸さんよりは、マシですけど。


「ご存じですか？ラムネと云う名は、レモネードからラムネに変化したものなんですよ」

「博識でいらっしゃる」


　とんだラムネ好きに、出会ったものだ。


「この音、夏でも、冬でも好きで、まあ春でも秋でも心が和みます。ほら」


　耳元に近付いてくるラムネの気泡が弾ける音。
　冬に聞くと、それはまるで、春待ちの音の様。


「あ、きこえます？」


　瓶を振っている。確かに先程よりは聴こえますが。


「あの、そんなに振ったら」


　開けた瓶に蓋をして、また私の為に振って。


「大丈夫です。炭酸少し、苦手なので」


　凄い支離滅裂感の後、
　遠くから、駆動音。


「あ、バス……お付き合い頂き、申し訳なかったです。御礼にどうぞ」


　よもや。
　また手に戻った、冷たさ。


　貴方の細い指と同じ温度。


「お仕事中済みませんでした。ではっ」


　バスの扉が閉まり、発車して、


　遠ざかった頃。


「………………」


　しゅわっ。
　しゅわわ。


「どうしました？Aさん」

「……え、嘘！凄い！やっぱみえてません？！」


　隣にまだいる。
　小さな貴方と、その音に。


「ご存じですか？サイダーという名は、林檎酒から来ているそうですよ」

「え、何でですか？！」


　しゅわっ。


　もう少し、ききたくなっただけの、


　一冬の、出逢い。

末広鐵腸　　七草粥→←シグマ　　　クッキー【美紅様Req.】

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す