3 文豪グルメ 短編集【文スト】

福沢諭吉　　筑前煮 ページ25

「明けまして御目出度うございます」

「御目出度う」

「今年も宜しくお願い致します」

「うむ……」


　昨夜の呑み会で疲れているのか、
　此れからの挨拶回りが重いのか、


　新年でも、表情は何時もと同じだが。


　席につき、窓の外を見る。
　何処かのお宅の、凧が揚がっているのが見えた。


「どれになさいますか？」

「適当に」

「はい」


　竹柄の皿に、
　また一つのお節が出来るように盛っていく。
　茶を一口飲んだ彼がその皿を見ると、


「筑前煮も頼む」

「あぁ、はいはい」


　何時もはそんな指示を出してこないのだが、
　今日は新年だからだろうか？


　まあ、優しい味付けであるからやも。


　入っているのは三の重、カラフルな具材たちが一体となり、山盛りでそこにある筑前煮。


　そう、それはまるで。


「思えば筑前煮って、探偵社みたいですねぇ」

「ほう」


　腕組みを解き、少し身を乗り出してきた。
　Aが社の話をすると、何だか嬉しそう。
　

「んー、見通しのきく蓮根は乱歩」


　その手を止めて、考え始める。


「晶子はそうだね……命を助けてくれるから、子孫繁栄の、里芋とか」


　それでいいのか？と首を捻る福沢。


「ねじり梅の赤い人参は鏡花で、
　敦は育ち盛りだからね、筍。


　独歩は硬派だし、確り根を張ってくれそうなので、牛蒡。
　賢治は五穀豊穣と、社を盛り上げてくれる様な彩りで、絹さや」


　末永い幸せを意味する、根菜、野菜たち。


「谷崎兄妹は円満と良縁の蒟蒻、
　治は……椎茸にでもしておきましょうか、長寿の縁起物だけども」


　福沢はそれを――とても、落ち着きはなった顔で、幸せそうに。


「一人一人違う鍋で、煮方も違うけれど、
　最後はこうやって一つの料理になるのです」


　家族仲良く一つに、という想いを込めて。
　とても楽しそうに微笑むAは、味の滲みた蓮根を福沢の口に入れた。


「……ならば」


　咀嚼を終えた福沢は、少し破顔して、聞く。


「私はなんだ」

「え」


　あ、考えてなかった、という顔のA。
　そっと近付いてくる優しい彼の顔。


「えっと、後は鶏肉と……調味料と……」

「Aも入っていない。お前は、何だ」

「えーっと、えーっと、えーっと……」


　何故だか、直ぐに答えが出て来ない。


　然しその顔は、近くなるばかりで。


「えーっと、えーっと……」


　その口は、塞がれる。


　優しくて、甘かった。

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