治癒の異能を持つ少女はポートマフィアに愛される【文スト】

32　おれい ページ33

立原道造は冷汗を拭えない。


「……何やってんすか、総長」


　自らの上司が、女性の部屋の前で凄い形相で立ち尽くしているからだ。


「コホッ、コホッ」


　時折咳をするが、ほぼこちらのことは無視である。

　ちなみに、その部屋は幹部補佐の、筧Aの部屋。


「筧の姐さんすか？ お呼びします？」


　立原が動こうとするも。

　とてつもない疾さで羅生門が遮った。
　黒い外套が吼える。


「ひ！」

「余計な事をするな……去れ」

「了解っす……」


　すごすごと、その場を退散して行った立原には目もくれず、芥川は勘考する。


　本日は筧Aに、おれいを云いにきたのだが。


　然しこういう時、何を云えばいいか分からない。


　御礼、というものを、この男はしたことがない。


　十五時間も歌い続け、命を救ってくれた女。


　その見返りをどうすればよいものか、部屋の前で熟考し始めると、


「あら」


　ふいに部屋の扉が開き、中から彼女が出てきた。
　どこか出かけるのか、鞄を持っている。


「龍之介さん、どうかなさいました？」


　名前を呼ばれた。
　またよく分からない感情が沸々と生まれる。

　なんだこの、こそばゆいのは。


「あ、その」

「お忙しい中ありがとうございます。ご用件は……は！ まさかお怪我ですか？！ 治癒しますか？」

　
　一歩、こちらへ大きく来たので、
　いつもなら羅生門で止めるはずが。

　今回は自身の両手で肩を掴んだ。


　細い肩。


　これで、ポートマフィアの構成員を次々と投げ飛ばしていたというのだから、吃驚である。


「あ」

「…………」


　この後、どうしよう。


　……………。


　仕方がない。
　観念した。


「Aさん、遅くなりました。あの日、治療をして頂き、誠に感謝致します」


　伝えた。
　ぽかんとするAの、応答を待つ間もなく、


「急いては何か御礼をさせてください」


　そのままの体勢で重ねる言葉。


「え」


　Aはやっと反応する。


「え！ 良いですよ御礼なんて！」

「いいえ、これでは僕の気が済みません」

「でも……」

「どうか」

「えぇ……」


　少し考え、Aは答える。


「あ、じゃあ西洋生菓子！ 西洋生菓子奢ってください！」

「け、けぇき？」

「はい！」

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