【文スト】【ドストエフスキー】傀儡人形のイヴ (ページ9)

今日:4 hit、昨日:32 hit、合計:7,065 hit

我が儘なイヴページ9

与謝野さんの傍らには伸びきった男たちが屍の如く積み上がっている。潤一郎さんは、変わらず一人の男と取っ組み合っていた。だがどこか様子がおかしい。

「あの、……すみません。少しの間この人を、よろしくお願いします」

　私は近くに立っていた女性に、ナオミさんを頼もうと声をかけた。女性は素っ頓狂な声を上げたものの、これまでの様子を見ていたからか案外すんなり受け入れてくれた。

　女性がナオミさんの傍に座ったのを確認して、潤一郎さんの方へ駆け足で向かった。

「は゛な゛、ぜ……」

「ナオミに手を出して、生きて帰れると思うな」

　下に敷かれた男が必死になって地面を蹴り、潤一郎さんの腕を首から引きはがそうとした。潤一郎さんは並々ならぬ殺気を纏っており、その腕は男にいくら押されてもびくともしない。

　その殺気に思わず近付くのが怖くなって足が動かなくなる。まさか、あんなに柔和な潤一郎さんがこんなに怒ることがあるなんて。

　中島さんと鏡花を前にした私の憎悪なんて、この人とは比べ物にならないのではと一瞬頭を過ぎる。それほど、彼の纏う空気はまがまがしい。

　ついに男が声も上げなくなった。このままでは本当に男を殺してしまうのではないか、潤一郎さんが人殺しになってしまうのではないか？あの優しい潤一郎さんが。

　私はすくんだ足に鞭打ち、咄嗟に潤一郎さんの腕を掴んだ。ギロリと茶色の眼球が此方に動く。

「……ッこのままでは、人殺しになります！」

「ナオミの為なら、ボクは人殺しくらいなれるよ」

「そ、そうだとしても！ッ私は……きっとナオミさんも……優しい貴方に、人殺しになんて、なってほしくない……」

　段々視界が滲んできて、すると潤一郎さんが目を見開いた。

　もしかして私、泣いてる？嫌だ、これじゃあ泣き落としみたいじゃないか。

　でも、一度堤防が壊れれば止まらない川のように、私の意思に反して瞳からは涙が一粒二粒と零れ落ちた。