【文スト】【ドストエフスキー】傀儡人形のイヴ (ページ20)

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鼠の独り言ページ20

「嗚呼、そう……あの子なら、もうすぐ帰る(・・)んじゃないの」

　青年はそうか、とだけ呟き、一言も断らずに道化師の横を通り過ぎて歩み出した。

　ちょっと失礼じゃない！？と道化師が喚くのが聞こえてないのかはたまた無視しているのか、青年は道化師からどんどん遠ざかっていく。

(帰る、か……やはり任務でいないのか)

　任務を終えたから帰って来るのか、失敗して逃げ帰ってくるのか、はたまた───

　どうにも『帰る』という表現が引っ掛かる。膨らむ違和感に蓋をして、青年は此処を立ち去った。道化師ももういなかった。

　暫くして、此処の主の男がこの部屋の前を通りかかった。男はこの部屋の扉が、微かに開いていることに気付いた。名前札(ネームプレート)に積もっていた埃も、僅かに薄くなっている。

　それはつまり、誰かしらがこの部屋に入ったことを示していた。侍従長には入るなと伝えてあるから、彼ではない。

「まあ、大方目星はついていますが……勝手に人の家を物色するとはいただけないですね」

　男は部屋の扉を閉めようと一歩踏み出した。扉の隙間からちらりと胴体人形(トルソー)に着せられた可愛らしい衣服が覗き見えた。

　男はうっとりとした目でそれを眺め、そして名残惜しげに扉を閉めた。

(今度はきちんと鍵をかけておかなければ。また入られては困りますから)

　此処にはもうぼく以外立ち入らなくて善い。何故なら此処はぼくの蒐集物(コレクション)になるのだから。

「ねえ、今なら貴方の気持ちが分かりますよ。蒐集家(コレクター)」

　誰に向けてか、男はそう呟いて去って行った。