【文スト】【ドストエフスキー】傀儡人形のイヴ (ページ18)

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青年の心配事ページ18

長い薄暗い廊下に、コツコツと人の歩く音が響き渡る。紫と白、二色の珍しい髪色を持つこの青年は、"仕事"の事情の為に此処へ来てその帰りなのだ。

　此処は、"仕事"の関係者である『鼠』とその部下の巣だ。本来ならこの『部下』は侍従長と少女の二人いるはずなのだが、少女の方を今日は見かけない。

　青年は不思議に思いながら、分厚い資料片手に長い廊下を進み続けた。廊下は様々な部屋に面しており、目の回るほど扉があるのだが、そのうち一つの扉に青年の目は吸い寄せられた。

　その扉にはキリル文字の刻まれた名前札(ネームプレート)がかかっており、この部屋は(鼠のいる部屋と客間を除けば)青年が唯一入ったことのある部屋だった。例の少女の住まう部屋だ。

　名前札には薄く埃が積もっており、長い間この部屋に人が出入りしてないことを示している。

　青年はあまり少女と濃い接点は無いのだが、どうにも気になってしまって扉を数回叩いてみた。返事は無い。

「……失礼、するぞ……」

　ゆっくりと取っ手(ドアノブ)を下げ扉を押すと、鍵はかかっていないようで簡単に向こうへ動いた。不躾と分かっていながらも、抑えられない胸のざわつきに従うまま部屋へ足を踏み入れた。

　
　部屋は以前訪れた時と殆ど変わっていなかった。

　胴体人形(トルソー)に飾られた可愛らしい衣服、簡素ながら寝心地の良さそうな寝台。如何にこの少女が、此処の主に溺愛されているか簡単に察することができる。

　しかしどうやら少女どころか掃除係の侍従長も此処に立ち入って無いのか(もしくは立ち入ることを禁じられているのか)、人のいた形跡が全くない。

　衣服も寝台も全部置いてあり生活感は残っているから、住む部屋を移動した訳ではなさそうだ。

　少女が居ないのは任務か何かと予想はつくのだが、この様子では一月以上は空けていそうである。それなのに一度もこの部屋を掃除させないのは何故だろう。もしかして少女は既にこの世に───？

(まさか！あの子は鼠のお気に入りだぞ。彼がお気に入りを失うなんて失敗(ミス)をするはずが無い。でもだとしたら、何故あの子の部屋を放置している？)

　青年はぞっとして後ずさった。あれだけ信頼を置かれる侍従長さえ入らないこの部屋へ来たことがばれてしまえば、どんな目に合うものか分からない。