9話 ページ30
ひょい、と身軽に影の針を避けていくアントーニョの瞳は、すでに金へと変わっていた。この状態の彼には何を言っても機械的な答えしか返ってこない。
アーサーは手に持っているランプを少し見つめた後、迫りくる影に向かって投げつけた。影はそれを避け、ランプは無惨にもガシャンと軽快な音を立てて割れる。
不意にアントーニョが口を開く。
「対象に損傷を与えることは不可能かと思われます。主人護衛モードに切り替え、目的地の最深部へと向かいます」
無機質なアントーニョの声に頷きながら、アーサーは先程の光景を思い出した。ランプが突如割れキクが現れた時のことは、まだ鮮明に覚えている。
いくらキクが小柄だとは言え、彼がランプに身を潜めることは不可能だ。何か仕掛けはあるのだろうが、それが何であるかは分からない。
キクはこの術を"影縫い"だと言った。それも、この古代文明に伝わっていた秘技であるかのように。
「……もしかすると、俺の持つ原本に何か書いてあるかもしれねぇ」
腰掛け鞄に入っている本に手を当てながら、アーサーは呟く。するとその声を耳に拾ったアントーニョが、冷たい金の瞳をアーサーに向けた。
「前方に狭い通路を確認。一時的にそこへ避難し、標的の侵入を防ぎます」
「！ ああ、頼む」
アーサーがそう言うと同時に、スパッと影がアーサーの髪を掠めた。彼は顔を引き攣らせてアントーニョに身を寄せる。
ググ、とアーサーを抱える腕の力が強まった。かと思えば、すぐにアントーニョは狭い通路……というかは、ポッカリと穴が空いたような空間へと転がりこんだ。
すぐ後ろに影が迫っていた。
アントーニョはアーサーを素早く地に下ろした。そして自身の鞄から立方体の精密機器を取り出し、入口へとそれを放る。放られた立方体のものは瞬時に1枚の厚い板となり、入口を完璧に防いだ。魔術ではない。ギルベルトが生み出した、ひとつの道具であった。
「……なんですか、この壁は」
「それ、『抵抗壁』言うてな、壊そうとしたら熱湯が吹きかけるんやで」
アントーニョの言葉どおり壊そうとしていたのか、キクはしばらく黙り込んだ。そして、呆れたように溜め息をつく。
「……別に構いませんけど、ここは私の家であることをお忘れなきよう」
それきりキクが話すことはなかった。もうそこに彼がいないことを証明するかのように、辺りには再びあの静けさが戻っていた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ほたてろいど | 作成日時：2016年12月3日 22時
