2章1話【西の遺跡へ】 ページ14
アントーニョが擦り傷をしてから約1週間が経ったある日の午後、アーサーは自室で魔術に関する本を読み解いていた。
窓は開いており涼しい風が部屋の中に吹き込んでくる。オイルの臭いや工場から出る排気ガスの煙などが混ざってとても爽やかな風とは言い難いが、この世界では、少なくともアーサー達にとっては、浴び慣れたごく普通のそよ風であった。
アーサーは古ぼけた本のとある1ページを見て目を細める。今アーサーが読んでいるのは、よくある魔術の参考書ではなく、貴族生活から逃げ出す時に勝手に持ち出してきた古代魔術の原本であった。
紙は古ぼけて朽ちそうではあるが、特殊な術にでも掛かっているのか、文字だけははっきりと残っていた。防腐技術のなかった昔の本が魔術なしにこれだけ綺麗に残るのは不可能に近い。
「……古代文明、か」
魔術の中でも、特にアーサーは"水晶"というページに注目していた。そこには、赤、青、緑、金の4種類の水晶のイメージイラストと、その仕組みや用途、歴史などが細かく記されている。
「俺の解読が正しければ、水晶は古代文明に栄えた4つの地域の各神殿に安置されているはずだ……」
解読が正しければ、だが。とアーサーは付け足すように呟くと、近くの本棚から地球儀を取り出す。
いくらイメージイラストがついているからとはいえ、古代文明に作られた本だ。言語は当然古代文明のものであり、今に生きる人々には到底読めるはずもない。
魔術に興味を持ち解読を始めてからおよそ7年、アーサーはやっとスラスラと古代文字を読めるようになっていた。本来ならば20年は要したであろうこの技術に、アーサーが睡眠をも削って解読し続けたのには訳があった。
最初は興味本位で読み解いていた。だが偶然「願いが叶う」と"水晶"のページに書かれたこの文字を見て、思わずアントーニョの姿を思い出してしまったのである。
＿＿願いを叶えられるのなら、俺はアントーニョを人間にしたい。そして、俺は彼に告白するんだ。
全世界の考古学者やトレジャーハンターが聞けば、あまりのつまらなさに失神するかもしれない。けれどアーサーは本気だった。彼に『人間にしてやる』と告白し主従関係を迫ったのはもう5年前の話だ。実際に主従関係になったのは貴族生活から逃げ出した1ヶ月前なのだが。
正直、アントーニョがその約束を覚えているかは微妙だが、彼はアントーニョが人間になれるかもしれないという可能性だけでも嬉しいのであった。
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作者名：ほたてろいど | 作成日時：2016年12月3日 22時
