1章1話【序章】 ページ2
「ぐっ、あと少しで届きそうなんだが……」
とある世界、とある街。壁をつたうパイプの束に乗り背伸びをしている眉毛の太い青年が1人。空は明るいが、煙が立ち込め青空は見えない。
パイプの緩んだネジを締めようとスパナを持ちぷるぷるとつま先立ちをする青年は、ネジとあとほんの少しの差を埋められずに顔を歪める。
青年の深い緑の瞳には少し緩んだネジが映っている。だがこれ以上踏ん張っては今立っているパイプが落ちてしまう可能性があるのだ。パイプの欠落は生活に何かしらの支障が出る。それだけは避けたかった。
どう足掻いてもあのネジには届かないと諦めたのか、青年はつま先で立つのをやめる。そして伸ばしていた腕を下ろした時だった。
「あれ、アーサー？」
下の方から陽気な男の声がした。アーサー、と呼ばれた青年は寝癖も直していない髪を揺らし(時間がなかったのだ)、己の顔を声の主の方へと向けた。
そこにはくせっ毛の濃い茶髪で、アーサーより少し背の高いガタイのいい青年が立っていた。その姿を見て、アーサーは安心したように小さく微笑む。
人懐っこそうな顔に、慈愛に溢れた緑の目。彼の笑顔は辺りを太陽のように照らしてくれるのだが、今は少し怒っているのか、柔らかい瞳は不満を訴えていた。
「アーサー、何してんの？」
「ああ、アントーニョか。頼まれてパイプを直してたんだよ」
アーサーは落ちないように近くのパイプを掴みながらゆっくりと振り返った。アントーニョ、と呼ばれた青年は声こそ陽気だが、顔はやはり不満そうだ。汚れひとつない褐色の肌は、薄汚れた世界には似合わないほど艶やかな色をしている。
「いくら頼まれててもあかん！ そういう危ない仕事は親分に任せといたらええのに」
だからほら、とアーサーに降りてくるようアントーニョは指示する。親分、というのは彼が自称している称号で、たしかにお節介な彼は親分肌ではあるとアーサーはつくづく思う。
怒ったような、困ったような顔をして自分を見詰めるアントーニョを見て、アーサーは何かを思い付いたのか、手に持っていたスパナをポケットにしまった。
「ああ分かったよ、じゃあ飛び降りるからお前しっかり受け止めろよ」
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作者名：ほたてろいど | 作成日時：2016年12月3日 22時
