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story29 ページ29

「少し遅くなっちゃったね」

あの後、お店にやって来た向かいの八百屋の奥さんに、俺や和くんのこと、店長のことで少しばかり長話をしてしまい、お店を閉めるが遅くなってしまった。

「仕方ないよ、八百屋の奥さんお話し好きな人だから」

和くんも小さい時から顔馴染みな奥さんとの会話に花を咲かせていた。
嫌な顔1つせずにずっと隣にいてくれて、閉店の時間になっても優しく話しを聞いてくれていた。

「ありがとう、和くん」
「どういたしまして。奥さん、嬉しそうで良かったね」
「うん…!」

久しぶりにお店にやって来た奥さんは、本の探し物をしていて。
挨拶もそこそこに、“古い本だから、そこらの書店には置いてなくてねぇ。ここなら、あるかしらって思ったんだけど…”
なんて言いながら、少し不安そうに辺りを見回していた。

本の名前や特徴を聞いて、同じ系統の本棚を端から端まで、上から下まで1つずつ確認する。
それでも見つからなくて違う本棚を探そうとした時、埃を被った背表紙の文字が目に入った。

「もしかして、これですか?」
「…ええ、ええ、それだわ…!」

とっても嬉しそうにパッと明るい笑顔を浮かべて、大事そうに手に取ると、胸に抱えて目を瞑った奥さん。
その姿を見て嬉しくなって、和くんと目を見合わせて微笑みあった。

「やっぱり、ここに来て良かったわ。ありがとう、翔くん、和くん」
「僕も嬉しいです、見つけられて良かった」

皺の深くなった目元には、雫が浮かんでいた。
初めて見る奥さんの少し淋しそうな表情に、それ以上なんて声をかけるべきかと戸惑っていると、奥さんが徐に口を開く。

「亡くなった夫が、好きだった本なのよ」

淑やかに微笑む彼女が、再び本を見つめる。
愛おしそうに、噛みしめるように。

今彼女の目には、本を通して“あの時の思い出”が映っているんだ。

大切な人との、大事な時間が。
目まぐるしい日々に揉まれて薄れていた、“あの時の日々”が。

直感的に、だけどきっとそうなんだって、奥さんの煌めく瞳に感じた。

「大切な思い出、見つけられて良かったですね」

奥さんのエプロンの裾に付いた埃を優しく払いながら、そう言葉をかけた和くんにゆっくり顔を向けながら。

「…ええ」

満面の笑みを浮かべた彼女の顔を、茜色が包み込んだ。

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作者名:ガナッシュ | 作成日時:2018年1月21日 1時

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