待っていたよ、愛しい君 ページ38
．
―――あれから何度目だろうか。一人で桜を見たのは。
「午後の診察まではまだ時間がある、か」
大学病院の屋上のベンチに腰掛けながら、左手首につけた腕時計をみやる。顔を上げると、すっかり屋上に植えられた桜の木は満開の花を咲かせていた。
確か、これでもう七回目だった気がする。一人で桜を見たのは。
制服姿の彼の姿に思いを馳せながら、右手にぶら下げていたビニール袋から昆布のおにぎりを取り出す。
苦い思い出も甘い思い出も全て詰まったあの場所を離れてからは、色々あった。
本当に片田舎にあった病院では、やって来る患者も風邪などの軽い病気が殆どだったが、いざ重度の患者が運ばれてくると、医療設備が殆ど整っていない病院ではなんの対応も出来なくて。
―――『貴方に救われてきた命を、貴方自身が……否定して、どうするんですか』
この七年の間で、そうして助けたくても助けられなかった命を何度か目の当たりにしてきた。
その度に落ち込んで、自分を責めて、やっぱり自分に医者なんか勤まらないと嘆いて……そして、その度に、彼の言葉を思い出した。
だから何度心が折れそうになっても、歯を食い縛って今日まで生きてきた。
遺族に責め立てられてもひたすらに謝罪して、時には夜勤続きのストレスで吐いて、無理だと思っても誰かの命を救いたい一心で泣きながら踏ん張ってきた。
神というものは職業柄信じていないが、分かりやすい比喩として用いると、そんな私に神が微笑んでくれた。望み薄かと思われていた大学病院で働けるようになったのだ。
―――『早く！酸素濃度上げて！』
―――『はい！』
だからと言って人の死を見ないことは決してないが、私を尊敬してくれている彼のために、悔やんで悔やんで悔やんで、その中で、私は自分が助けられる命を救っていく。
まだ青臭かった君が、私に教えてくれたように。
午後の診察も無事にやり終え、残業だという他の医師に労りの言葉を投げ掛けながら、陽が沈みきった頃合いに病院を出る。
「……たまには、寄り道するか」
敷地内に咲き誇る夜桜を見ていると、このまま自宅に直帰する気持ちが失せ、足を方向転換させる。向かう先は会社帰りの人で溢れる最寄り駅。寄り道というには少々遠出だが、良い。今日は行きたい場所があるのだ。
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三宵 - 一番最初にこのサイトで読んだ話が白菜さんでして、そこから白菜さんの作品にどハマリしました。izwさんの一途な恋の感じがすごく好きでした。この作品を作ってくれてありがとうございます！（？） (2月24日 18時) (
レス) id: bf60c8d8c1 (このIDを非表示/違反報告)
三宵 - 一番最初にこのサイトで読んだ話が白菜さんでして、そこから白菜さんの作品にどハマリしました。伊沢さんの一途な恋の感じが凄く好きでした。ありがとうございます！ (2月24日 8時) (レス) @page42 id: bf60c8d8c1 (このIDを非表示/違反報告)
白菜(プロフ) - ぷちぷちぶどうさん» 返信遅くなってしまってすみません！見逃してました……！ いやいや、神だなんてそんな大層なものじゃないです……ですがありがとうございます。これからも憧れてもらえる作者で居れるよう頑張ります！ (2020年10月21日 18時) (レス) id: 367472b3a3 (このIDを非表示/違反報告)
ぷちぷちぶどう(プロフ) - 白菜さん……神ですね貴女…憧れます…大好きです…… (2020年10月5日 11時) (レス) id: a325780fcd (このIDを非表示/違反報告)
白菜(プロフ) - 颯楓さん» ありがとうございます！大きな事件も謎解きも殆どなにもない、ただただ誰かの日常の断片を綴っただけのようなお話でしたが、楽しんでいただけて良かったです。今回はかなり文章にも気を遣ったので、そう言ってくださると励みになります。これからものんびり頑張ります！ (2020年10月1日 18時) (レス) id: 367472b3a3 (このIDを非表示/違反報告)
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