リップ【大地】 ページ15
「いたっ」
横で歩きながら話していた神凪先輩が小さくつぶやいた。
「どうしました?」
「唇が切れたわ」
薬指で唇に触れて、先輩は問いに答える。
顔を覗き込むと、先輩の唇の一部が赤く染まっていた。
確かに最近は空気が乾燥してるし、唇の一つや二つ切れそうな季節である。
痛そうだなあ、と思って
「リップいります?」
と聞く。
そうすると、先輩は驚いたような顔をしてこちらを見た。
「なんスか」
そう問うと、先輩は言った。
「あなたリップなんて持ち歩いてるのね」
ああ、確かに珍しいかもしれないと、俺は苦笑する。
「俺は兄貴みたいに何にも手入れしないでは、顔の良さは保てないんですよ」
「相変わらずあなたのお兄さんはすごいわね」
そんな風に返しつつ、先輩は鞄をごそごそと漁っていた。
その様子に、首をかしげながら聞いた。
「何探してるんです?」
「リップよ。自分の持ってたはずだから」
なんだ、自分の持ってたのか、と俺は拍子抜けしたような気持ちになった。
まあ女性だし、持ってるよなあそりゃ、と歩みを止めて先輩がリップを探し出すのを待つ。
しばらくそうしていると、ようやく先輩は顔を上げた。
「……ないみたい。貸してくれる?」
「はーい」
なかったんかい、と思いつつ、俺はポケットに突っ込んであったリップを取り出す。
「無香料ですし色とかもついてないですけどいいですか?」
「別にいいわ」
きゅぽ、と先輩が俺のリップのふたを開けたところで気づいた。
そのリップは俺ので、つまりは普段俺が使っている、そしてリップは唇に塗るものである。
それから導き出されるのは――。
これ、間接キスじゃね? と、いう事。
思い至った瞬間「待ってください」と、止めようとした。
しかし時すでに遅し。そんな事気にするような先輩でもないし、躊躇なく唇に俺のリップを塗っていた。
「あー……」
俺は思わずそんなえも言われぬ声を出していた。
いや先輩気づけよ。寸前まで気づかなかった俺も俺ですが、気づけよ。
羞恥のあまり八つ当たり気味にそんな事を考える。
普通に塗り終えた先輩は、こちらにリップを差し出した。
「助かったわ、ありがとう……? 何?」
「いやなんでもないッス……」
俺は赤くなった顔を隠すようにそっぽを向きながら返されたリップを受け取った。
次、使うときは相当勇気がいることになりそうだ。
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作者名:氷渡ミオ | 作成日時:2017年10月9日 16時