ある晩、ファウストとワインと ページ4
魔法舎には、厄災が一番魅力的な夜、ムルが厄災に愛を呟く夜、その夜に発現する傷を持っている魔法使いが多い。
眠れないミスラ、魔法の使えないオズ、絵の中に入ってしまうスノウとホワイト、夢が零れてしまうファウスト……。
ある日の魔法舎にて、今日もネロの朝食が美味しい、昼食もおやつも美味しい‥‥と一日を過ごしていたが、あることが気がかりになった。
「あの、ファウストは今日は……」
過去ファウストの従者であり、現在もファウストを慕い続けるレノックスにファウストはどうしているのか尋ねた。先日……、つい3日前からファウストを食堂で見かけていないからだ。
「ファウスト様はお疲れのご様子です。俺が行っても『疲れているだけだ、一人にしてくれ』と言って……」
と心配した様子で、レノックスはしゅんと犬が落ち込んだ時に耳を垂れるみたいにした。
「ああ、そうだ、賢者さん。 これ、先生に持って行ってくれよ。」
それを耳にしたのか、「丁度いい」というように、ネロが俺に今日の夕食のビーフシチューととバケット、それから赤ワインが入ったバスケットを渡してくれた。
＿＿＿＿＿＿＿＿＿
「ファウスト、今いいですか？」
俺がファウストの部屋の扉をノックする。
扉の向こうから、「ああ、少し待っていろ」とファウストの落ち着いていて、澄んでいて、まっすぐな声が聞こえて、緊張していた胸をそっと撫で下ろした。
「賢者か、どうした？」
「ネロからこれを持っていくのを頼まれていて」
そうしてバスケットを渡すと、ファウストは「毎回こんなに……、こんなに要らないと言っているのに」といいつつ眼鏡の縁を触った。俺はその仕草が好きだ。嫌がっているようで、実は、そんなに嫌じゃなくて、むしろ本当は喜んでいるような……そんなファウストの仕草が好きだ。
「賢者、少し中で話していくか？」
「……え？」
「なんだ、僕のことを気にかけたから今日は賢者が僕の夕食を届けに来たんじゃないのか？」
「あ、ええっと、そうです！」
ファウストらしくない言葉だと思っていたが、どうやら俺の心配が見透かされていたようだ。
ファウストは、バスケットの中の料理を丁寧に机に並べる。
「サティルクナート・ムルクリード」
彼の呪文でワインが躍るように二つのグラスに注がれていく。
「賢者も飲むだろ？」
ファウストの鼻歌が聞こえる。
俺はその様子に頬を緩めながらうなずいた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 12人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：teate | 作成日時：2020年12月27日 12時
