眩い光が咲くところ ページ39
抜け抜けでもはやなんの意味もないような記憶の中でやけに鮮明に思い出す会話がひとつだけあった。
きっかけが何だったかは思い出せないけれど、とにかく私は笑ったのだと思う。
テレビ用に作った笑顔ではなくて、本心からの笑みを浮かべた。
「…笑った顔の方がいいと思う」
「…そう？」
「うん。そっちの方が…かわいい」
そして、それを彼は本心から褒めた。ふにゃりと笑ったことは覚えているのに、それが実際にどんな顔だったかは思い出せないけど。
「…じゃあ、頑張ってみる」
「だめだよ」
「え？」
「笑顔は頑張ってするものじゃないよ」
子供ながらに、いや、子供だからこそ。彼が意地悪でそれを言ったのではないことがわかった。
そして今だからこそわかる。彼は憂いていたのだ。今日初めて会った、どこの誰かも分からない少女が自分の言葉が原因で無理して笑うようになってしまうのではないかと、本気で。
アラームの音が鳴るまでもなく、私は自然に目を覚ました。
夢を見ることはごく稀だ。
5分後になり出すであろう目覚まし時計を止めて、少し気怠い体を起こす。
寝室に繋がっているパウダールームで顔を洗ってスキンケアをして歯磨きをする。
「…ふふ」
自分の歯ブラシを収める隣にもうひとつ歯ブラシがあって、それに少しだけ頬を緩めた。
電気ケトルでお湯が湧くのを待つ間に、冷蔵庫からレタスとアボカドを取り出す。
フルーツか野菜を朝に交互に食べるのがルーティン。
サラダが準備出来たら、マグカップにお湯を注いで、白湯に適する温度になるのを待つ間に服に着替えて、髪の毛を梳かす。
サラダと白湯を胃袋に入れたらもう一度歯磨きをして荷物をまとめる。
時間に余裕がある日は柚宇ちゃんのライブ映像見たり、北斗くんが出てるストチューブを見たりする時もあるけど、今日は生憎そういう日ではない。
玄関で靴を履いて鏡でおかしなところがないかチェック。
ここまでのほぼ固定化された朝の動きに、最近新しいことが追加された。
玄関の横のスペースには家の鍵と、香水の瓶。
香水を空にワンプッシュして、その下をくぐる。すんと息を吸うと北斗くんと同じ匂いがした。
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作者名：綴 | 作成日時：2023年1月22日 14時
