春の病 3 (ページ27)

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冬に生まれた心臓ページ27

帰る家に人が待っているのは素晴らしいことだと思う。

「はい、氷織さん。ハッピーホワイトデー」

　それが、好きな人なら尚更。

「わ、ありがとう」
「いーえ。どういたしまして」

　大きなL字型のソファに隣合ってピッタリと腰掛ける。
　開けてみて、という松村くんの催促に促されるままにショップバックから箱を取り出した。
　小さな箱だ。中身はーー

「香水？」

　使ったことはないが、涼介くんや柚宇ちゃん、りーちゃん家で見たことはある。
　
「うん。香水」
「ありがとう。使うね」

　んふふと笑い声を零す松村くんの腕が腰に回って引き寄せられる。

「それね、俺とお揃い」
「え」

　松村くんが使っていた香水レディースだったんだ。
　驚いて松村くんの方を向くと、彼の顔が近づいて来る。
　キス、されるのかな。
　そう思って瞼を閉じたけど、唇に体温が触れることは無かった。

「んふ」
「…しょうがないじゃん」

　堪えきれないと言ったようにもう一度笑い声を零した松村くんにささやかな抗議をする。
　あんなに甘い顔が近づいて来たら、そう思うもんなんじゃないの？
　悶々と考える私の頭を撫でて、それは後でしようね、なんて年上らしく余裕そうな松村くんが耳元で囁いた。

「香りだったら写真に写らないし、バレないでしょ？」

　普段よりほんの少し低い気のする声に、体温が上がったのが分かった。私は、こんな単純な人間だっただろうか。

「ん、分かった。毎日つけるね」
「そーして」

　だから、だろうか。
　完全に失念していたのだ。私が、1年間の密着取材で何を語り、何を見せたのか。
　ウキウキと番組の放送開始を待つ松村くんの横顔をのほほんと見つめていた私は30分後ちょっと困ったことになるなんて知る由もなかったのだ。