【鬼灯の冷徹】鬼灯様の神隠し

拾玖 ページ20

＿＿＿＿それから、永い永い時間が過ぎた。
黄泉に天国と地獄ができた頃。

鬼神となった丁は鬼灯と名乗り、地獄で働きながら伶を探すようになった。
しかし黄泉は広く、伶の姿はいつになっても見つけることは出来なかった。

天国と地獄という機関が出来てもなお、それも同じであった。
どこまで未練タラタラなんだ、かつての丁は自嘲した。きっと姉様は何度も転生して、何度も幸せになっているのだろう、と。

…そこで鬼灯は白澤に頼んだのだ。
勿論白澤は断った。そんなものある訳無いだろう、と。

普段は険悪ながらも、気が遠くなるような悠久の時を生きていた神獣である白澤は、この時ばかりは鬼灯を慈しんだ。

「理由は聞かないよ、面倒だからね。だけどそんなものは使っても意味が無いと僕は思うね。

…それに、お前はほんとうに忘れる事を望んでいるの？｣

どんな清らかな池でも、小石を一つ投げ入れれば底の砂は舞い上がる。
記憶なんてそのようなものだ。
忘れていても、ほんの少しの事柄でふっと蘇る。
その時、後悔に苛まれるのは鬼灯自身だ。

それでも鬼灯が頑なに忘れたいと言うのならビタミン剤でも渡してやろうと白澤は考えたが、鬼灯は悲しげに目を伏せ、やはりいりません。と告げた。

「うん、それでいいと思うよ。」

白澤の微笑みを背に、極楽満月を後にした鬼灯は伶を埋葬した現世の楓の木に行こうと思い立った。


＿＿＿＿



鬼灯は寂れた鳥居の端を潜り、境内を歩けば人間だった頃、あの楓の木の下で泣いた日を思い出す。
楓の木は当時と全く同じ場所に聳え立っていて、その根元に＿＿＿＿

「…………」

姉の面影を携えながら、幼い少女は眠っていた。


「＿＿＿＿！」


姉様！と叫びそうになった口を鬼灯はバチンとその手で塞いだ。目には遠い昔の光景が浮かぶ。

＿＿＿＿そう、そうだ、姉様はその根元で、ちょうどそこで、息絶えた。

その脳裡に重なる少女へ、鬼灯はゆっくりと歩み寄った。
整った顔立ち、淡く赤味を照らす髪……近くで見れば見る程、心優しい姉を思い出す。

「…やっと……見つけました…姉様……！」

少女の髪をそっと撫で、起こすことのないように静かに隣に腰掛ける。

「姉様…姉様……貴女を忘れようとした私を、どうか＿＿＿＿！」


薄く開かれた虹彩に鬼灯が映されると、少女は首を傾げた。



「……おにいさん、だれ？」

弐拾→←拾捌

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す