とある同級生の話8th

ヒビだけでも ページ46

｢声優……｣


職業の存在は知ってた。


アニメは有名なやつなら見てたし、でもAのことは知らなかった。



本屋でたまたま見かけた雑誌の表紙。


イケメン5人に囲まれて笑顔を見せるAが載った表紙。

まただ。

私はやっとの思いで入った大学をやっとの思いで卒業し、毎日理不尽な理由で上司に怒られながら工場で働いているというのになんでこいつは……





家に帰ってからもあの雑誌が頭から離れない。


スマホで検索すると出てきたWikipedia。

｢日向A 1991年生まれ
日本の超人気声優 2013年デビュー……｣


超人気……



ぐちゃぐちゃにしたい





忘れかけてた感情が急成長するのがわかった。





こうしてようやくなれた声優。

簡単だとは思ってなかったけど想像してた以上にこの世界は厳しくてやっとの思いで貰えた役は一言だけの名前の無い役だった。いわゆるモブ。


こんなんじゃ、Aに近づけない……


ラジオやテレビで活躍するA。
本屋に行けば並んでるAの顔、名前。

全てが嫌で嫌で、

そんな時飛び込んできた事務所の先輩である梅原さんとAの交際報告。



信じられなかった。


密かに想いを寄せていた梅原さんがAと付き合ってる？





なんでよりによってあいつなの……


どんどんどんどん黒くなっていく私の感情。









そしてようやく訪れたチャンス。


絶望させてやる。


とことん追い詰めてやる。




しかし、
想像していた以上にガードが固かった。


A自身のではなく、周りの。

Aを全力で守る事務所。

周りの声優たち。
そして何より、梅原さん。




常にAの周りには人がいて、その中心にAがいて。


中学の時と何も変わらないその姿にまた心が黒く染った。






収録終わりにみんなで飲みに行こうにもAが行けないってだけでその話はなかったことになる。



どうしてそこまで…





やっと行けた食事。

Aが席を立った。
梅原さんも一緒に居なくなったところが想定外だったけど今のうちに。と、先輩たち、同期に吹き込む。


ありもしない、今この場で作ったAの話をあたかも本当かのように話す。





少しでもその絆にヒビが入ればいい。
ほんの少しでも。



でも、そんなことあるわけなくて、余計に嫌な思いをした。

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