靴に画鋲を入れます【及川徹】

十六個目 ページ17

それは移動教室で通りかかった渡り廊下でのこと。


「朝来るの尋常じゃなく早いらしいね」


刺々しい女の子の声。前回の人達かな。
最近だいぶ噂になっちゃってるみたいだな。前回の二の舞になったら嫌だし回り道しよう。


「朝練よりでしょ？ちょっとおかしいよね……


――あんた、国見」


足が止まる。


「……別に朝早く来て自主練してるだけだけど」


動じない少し高いこの声は間違いなく……。
私じゃなかった。つまり国見君が罪を問われようとしているのか。
嫌な予感で心臓が締め付けられる。


「あんたのほうが動機あるんだよ。あの子より」

「勝手な決めつけやめてくんない？そもそも一年生だけに限らないとか思わないの」

「動機の濃い排球部を疑ったけど他の部員は特に不可解な行動はないらしい。画鋲を仕組むには最適な行動取ってるのあんたでしょ」


やばい。助けなきゃ。国見君はなにも。
私が悪いのに。このままじゃ多分国見君は利害は関係無いと自分から否定をしない。

わかってる。

でも今出て行っても二人で怪しまれることになるかもしれない。それなら出て行かないほうが賢明かもしれない。でも。


「……証拠は？」

「は？」

「憶測や噂じゃなくて物的証拠はないわけ？朝早いところをお前らは見たの？らしいらしいって一人じゃ何もできないくせに勝手な想像膨らませないでよ」

「なによ……！」


怒りと羞恥が混じったように顔を歪ませた女の子が勢いよく振り上げた手は、その挙動を捉えて尚動じることない国見君の頬を打った。

乾いた音が響いたその瞬間、思わず情けない声が漏れた。


「劣勢になったらすぐ暴力、っとかほんとなんなの」


ゾワ、と背筋に冷たいものが走る。
国見君の嘲笑うような冷やかな表情を前に殴った女の子の後ろにいた女の子達は堪らず逃げ出し、張本人もそれを見ると焦って駆けて行った。


「助けてよ」


こっちに飛んだ声に思わず肩が跳ねる。


「……ごめん」


こんなのずるい、わかってる。
微笑を浮かべた国見君にゆっくりと歩き寄る。


「なんで、避けなかったの」

「当てたほうが罪悪感感じるでしょ。情報漏洩も防げるし」

「……大丈夫？」

「助けてくれたら幾分もね」

「……ごめん。首筋……痛みない？」

「大丈夫」

「冷やそうか。……ごめんね」


ずるい。最低だ。

……最低だ。

私は結局自分を守るために必死な……哀れな愚か者だ。

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