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FILE.13 ページ13

こういう時、正解が分からない。
 決して気まずい沈黙ではない。でも、でも。

 ───私が、隣にいていいのだろうか。

 思考は堂々巡りをやめられない。
 桜を見上げるフリをして、視界の端で彼をちらりと見る。……相も変わらず、恐ろしいくらいに整った顔だ。

 考えるだけムダというのは分かっている。でも───私のことを認めてくれたこの人だからこそ、考えずにはいられない……というのは、私のエゴだろう。

 見れば、船を漕いでいたはずの老夫婦がこちらを眺めて微笑んでいる。いや、なんか勘違いされている気がしなくもない。ぶんぶんと手を顔の前で振るが、ただ二人はふわふわと微笑むだけだ。降谷さんが気づいていないのが幸いだが───

 ブー、と携帯のバイブ音が思考に割って入る。

 降谷さんは無表情で画面を確認し、「すまない」と呟いてポケットに携帯をしまう。

「あ、いえ、謝ることないです! 元からそういう話でしたし」

「……家までの道は分かるだろう。ゆっくりしたければ、まだ」

 ふむ、と小さく考えてしまう。でも一人でいては、全く意味はない。

「いいえ。私、楽しかったです。ありがとうございました」

 そうか、と小さく微笑んだ。
 こうやって、このひとのこういう微笑みを見られれば、私は十分だ。





「はぁーあ……」

 ぼす、とソファに体を投げ出す。降谷さんは私を送るや否や、急いで行ってしまった。
 さっきも言った通り、そもそも元からそういう話だった。別に寂しいとかもっと時間が欲しいとか、そんなこと言える立場ではない。

 ふと、袖丈の長いカーディガンが目に入る。……返すのを忘れてしまった。
 返すも何も、着ていたものを拝借したわけではないのだが……ないの、だが。

 すん。……いい匂いが、した。
 柔軟剤とはちょっと違うような、香り。なんていうか、これは降谷さんだなって───

「……いや、めちゃくちゃキモいな……」

 考えるのはやめた。
 これではただの犯罪者予備軍だ。

 そっと畳んで、部屋のベッドに置いておいた。
 部屋の匂いは嗅いでない。嗅いでないったら、嗅いでいない。


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作者名:名無しさん | 作成日時:2023年3月6日 21時

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