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こういう時、正解が分からない。
決して気まずい沈黙ではない。でも、でも。
───私が、隣にいていいのだろうか。
思考は堂々巡りをやめられない。
桜を見上げるフリをして、視界の端で彼をちらりと見る。……相も変わらず、恐ろしいくらいに整った顔だ。
考えるだけムダというのは分かっている。でも───私のことを認めてくれたこの人だからこそ、考えずにはいられない……というのは、私のエゴだろう。
見れば、船を漕いでいたはずの老夫婦がこちらを眺めて微笑んでいる。いや、なんか勘違いされている気がしなくもない。ぶんぶんと手を顔の前で振るが、ただ二人はふわふわと微笑むだけだ。降谷さんが気づいていないのが幸いだが───
ブー、と携帯のバイブ音が思考に割って入る。
降谷さんは無表情で画面を確認し、「すまない」と呟いてポケットに携帯をしまう。
「あ、いえ、謝ることないです! 元からそういう話でしたし」
「……家までの道は分かるだろう。ゆっくりしたければ、まだ」
ふむ、と小さく考えてしまう。でも一人でいては、全く意味はない。
「いいえ。私、楽しかったです。ありがとうございました」
そうか、と小さく微笑んだ。
こうやって、このひとのこういう微笑みを見られれば、私は十分だ。
「はぁーあ……」
ぼす、とソファに体を投げ出す。降谷さんは私を送るや否や、急いで行ってしまった。
さっきも言った通り、そもそも元からそういう話だった。別に寂しいとかもっと時間が欲しいとか、そんなこと言える立場ではない。
ふと、袖丈の長いカーディガンが目に入る。……返すのを忘れてしまった。
返すも何も、着ていたものを拝借したわけではないのだが……ないの、だが。
すん。……いい匂いが、した。
柔軟剤とはちょっと違うような、香り。なんていうか、これは降谷さんだなって───
「……いや、めちゃくちゃキモいな……」
考えるのはやめた。
これではただの犯罪者予備軍だ。
そっと畳んで、部屋のベッドに置いておいた。
部屋の匂いは嗅いでない。嗅いでないったら、嗅いでいない。
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作者名:名無しさん | 作成日時:2023年3月6日 21時