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64.一度放たれた水は ページ14

杏寿郎さんはそっと離れると

 目を細めて口の端を上げた。


「今晩は君の家に行こう。

 楽しみにしている。」


 そう言うと、杏寿郎さんは先に体育館裏を後にした。


 しばらく頭が働かなかくて、

 私は自分の足元を見つめる。


 地では働き者の蟻たちが

 せかせかと巣に戻っていく。

 その様子を見て我に帰った。



 私は自身の手で両頬を軽くたたくと

 自分の持ち場へと足を進めた。





 救護場所に戻ろうと

 外の水道のあたりを通った時だった。

 



 彼と同じ髪を風に揺らし、

 自身の脚を水に濡らして

 洗い流す人が目に映る。



 水の流れる音が次第に遠くなっていって、


 聞こえるはずのない、


 あの頃よく耳にしていた


 綺麗な風鈴の音が耳から身体全身を巡る。



 私は止められない衝動に駆られて

 思わずその人物を抱きしめた。



「えっ!?」




「…千寿郎くん。


 ごめんね、ごめんね…。


 置いていってしまって…ごめんね。」




 蛇口から流れる水は、

 一度放たれたら戻ることはなく、

 銀色に輝く中へと吸い込まれていく。


 


「…A先生?」



 千寿郎くんの戸惑う声が私を突き放す。



 私はそっと千寿郎くんから離れると、


 彼の大きな瞳からは一筋の涙が落ちた。


「 "僕は変わらず、お二人の味方ですから" 」


 私は聞いたことのある言葉に目を見開く。


「あれ…?

 僕、何を言っているのでしょう。…すみません。」


 千寿郎くんは自身の頬を涙が伝っていることに

 気がつくと、眉を上げた。


「…なぜ?」



 私はあの日、


 きっと君を置いてこの時代へと戻ってきてしまった。


 ありがとうも、さよならも告げずに。




「千寿郎くん、

 今タオル持ってくるから待っていて。

 拭いたら絆創膏貼ろう。」



 私が微笑むと、


 千寿郎くんも安心したように微笑んだ。

 



 私は駆け足でタオルを手に取り、再び水道に向かう。


 千寿郎くんにタオルを渡すと、


 彼は丁寧に脚を拭き始めた。



「拭けたかな?」


「はい。」


「一緒に救護場所に行こう。

 脚、痛かったね。

 ちゃんと自分で洗いに来て、

 さらに丁寧に洗えていてえらいね。」



「A先生…」




 千寿郎くん、今の君は知らないかもしれない。


 でも、君にはたくさん支えられて、背中を押された。





 
 しっかり者で、心優しい君が大好きだよ。

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設定タグ:煉獄杏寿郎 , 鬼滅の刃 , 夢小説   
作品ジャンル:アニメ
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狐姫(プロフ) - 映画好き人間さん» 楽しんでいただけて光栄です!質問についてですが、お褒めにあずかり恐悦至極に存じますが、全くの一般人です。空想妄想で物語を作るのが好きなので、浮かんだ言葉や設定を繋ぎ合わせております。本当、勿体無いお言葉をありがとうございます。 (7月27日 10時) (レス) id: 12299479a5 (このIDを非表示/違反報告)
映画好き人間 - 毎日楽しく読ませていただいてます。作者さんの書く煉獄さんは本物の煉獄さんで大好きです。内容も素敵ですし、胸をときめかせながら読んでます。単純な質問なのですが、もしかして小説家ですか? 小説の内容も表現も凄くて、売られてる小説ぐらい上手ですので……。 (7月26日 13時) (レス) @page48 id: f9c87e3b18 (このIDを非表示/違反報告)
狐姫(プロフ) - nkmrさん» こちらこそ、お読みいただきありがとうございます!寒い時期の温泉良いですよね( ˊᵕˋ ) 続編も引き続きお楽しみください! (2021年12月30日 10時) (レス) id: 12299479a5 (このIDを非表示/違反報告)
nkmr(プロフ) - 年末の忙しい時期に更新ありがとうございます。続編も楽しみにしてます(・◡・)私も先週温泉に行ったので情景が浮かんでより物語に入り込んじゃいました(*´꒳`*) (2021年12月30日 2時) (レス) id: 1ab27b7589 (このIDを非表示/違反報告)
狐姫(プロフ) - みいさん» みいさん、いつもありがとうございます!デレてもらえるなんて嬉しいです。こっそりデレちゃってください( ˊᵕˋ ) (2021年12月19日 15時) (レス) id: 12299479a5 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:狐姫 | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/kohime_yume  
作成日時:2021年12月1日 20時

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