「好きになりたい」 ページ15
＊
扉が開く音がしてすぐ、安田くんはそっと私から身を離し私の背後に視線を上げる。でもそれは、慌てたようでも焦ったようでもなく、とても落ち着いていて自然だった。
だからいっそう、私は振り返るのが怖かった。
「大倉。」
安田くんは、なんにもなかったみたいに明るい声でそう言うと私の背後にいるそのひとに手をひらりとあげる。
心臓がどくどくと脈打つ音が聞こえて、ようやく、首をゆっくりひねり振り返ると、
黒い雨傘を持ち上げて紐でまとめようとしていた大倉くんが顔を上げて私たちのほうを見た。
「おお…ヤスとAちゃんか。」
大倉くんはすこし眉毛をあげて驚いたような口調だったから、私は安堵する。どうして焦る必要があって安堵する必要があるのか、混乱してよくわからないけれど。
「山田さんの傘、壊れてもうて送りにきてん。」
私はこんなにいろんなことに戸惑っているというのに、安田くんはまるで、ほんの一、二分前の出来事はなかったみたいに無邪気な顔で大倉くんに言う。
「そうやったん。」
「大倉は誕生日の夜はどっか行くん？」
「どっか、てほどやないけど。友達と飲んでからカラオケオール行く。」
「そおなんや。楽しんで。ほんなら、僕は帰るわ。」
「…ありがとうね。」
扉へ向かった安田くんに、なんとか、そう声をかけた。安田くんはにっこりと微笑んで手を振ると、
「また明日。大倉おめでとうなー。」
そう言って、自動ドアをくぐりぬけて暗くて湿気ている外へ出て行った。
静まり返ったエントランスのそのもっと、ずっと外側の世界に雨が降っているみたいに、雨音はとても遠く聞こえる。
大倉くんが平然とした様子で自分の雨傘を几帳面に畳み終えるのをなぜか私は動けずに眺めていて、
大倉くんはそれから、私をじいっと見たかと思ったら私のほうに向かってきた。
心臓が不安げに働く。
「…ちょお、そこいい？」
私の目の前まできた大倉くんは私を見下ろす。
「ポスト、見たいんやけど。」
それから彼の目は私の背後にあった壁に備え付けられた郵便受けを指したから、
「あ…ごめん。」
私は慌てて、道を開けるみたいに大股で横に一歩、よける。
私の横をすっとすり抜けた大倉くんから濃い雨のにおいがした。
――豆大福、ほんまは大倉に買おうと思っとったん？
雨はまだ、止まない。
＊
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蒼 夢見子(プロフ) - らてさん» らて様、初めまして。そう言っていただけてとてもうれしいです…！ありがとうございます！以前に比べると書くスピードが遅く滞りがちですが新しいものも完結できるよう頑張ります…！！ (2021年2月8日 20時) (
レス) id: 3ff9e3c936 (このIDを非表示/違反報告)
らて(プロフ) - はじめまして。蒼 夢見子さんの書く文章、表現、言い回し、描写がとても好きです！素敵なお話をありがとうございました。新作も楽しみにしております！ (2021年1月26日 13時) (レス) id: d5862e85a0 (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - まゆ☆まゆさん» まゆ☆まゆ様、読み返していただけるなんてありがたすぎます…！ありがとうございます（涙）たいしたものではないのですがすこしずつ書き留めていてきちんと清書できたら公開しようかなと思っています。いつになるかわかりませんが気長にお待ちいただけると嬉しいです！ (2019年4月9日 20時) (レス) id: 5ab3a36ba5 (このIDを非表示/違反報告)
まゆ☆まゆ(プロフ) - 久しぶりにキュンキュンしたくて読み返しました。何度読んでも素敵です！続きが下書き中になっていたのですがまだ続きがあるんですか？もしあるのならばすごく楽しみです(≧∇≦) (2019年4月9日 18時) (レス) id: 8a01f69d5a (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - ちいさん» ちい様、きゅんきゅんしていただけてとっても嬉しいです…！いつになるかはわかりませんが、私も是非またふたりを描けたらいいなと思っているのでその時には読んでいただけるとありがたいです^^ (2019年2月4日 19時) (レス) id: 0c7f8e1b68 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：蒼 夢見子
| 作成日時：2019年1月5日 23時
