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マンションに着くと、とりあえずエントランスの中に入った。

安田くんが畳んだ傘からは雨粒が垂れて、石のタイルに水たまりをつくる。


「ほんとにありがとうね。ご迷惑おかけしました。」


「いーえー。」


「あ、みたらし団子。渡し忘れてた。」


自動ドアを背にしてバッグからコンビニの袋を出していたら、ウィーン、と音がして背後からスーツ姿のサラリーマンが入ってきたから、

ここで立ち話するのは邪魔になりそうだと思って、エントランスを入ってすぐ右手の、住人の郵便受けがある窪んだ空間に安田くんとよけた。


窪んでいる上にダウンライトひとつしか点いていないくて、狭い空間。



「その団子、うまいんよなぁ。」


「いちご大福もいる?」


「それは山田さんのなんやから、山田さんが食べ。」


安田くんはそう言って笑って、みたらし団子のカップがふたつ入った袋を「ありがとお」って受け取った。


「コーヒーでも、飲んでいく?」


「んーん。いきなし家上がるん、気いつかうやろ?雨すこし弱くなったみたいやし、今のうちに帰るわ。」


確かに、私たちがここに着いたときより雨音が弱くなったような気がした。

ガラスの自動ドアとは同じ線上にいるから、外はよく見えないけれど。



安田くんは、いきなり私の家に来ることを提案したりしないし、強引にそれを押し切るようなこともしない。

また、大倉くんのことを考えている。

買わなかった豆大福。

特別になってしまった5月16日。




「豆大福」


安田くんの声で我にかえった。

安田くんの目は鋭いくらい真っ直ぐ私を見据えている。


「ほんまは大倉に買おうと思っとったん?」


捕らえるみたいにして、離してくれない、安田くんの視線。



私の頭はまっしろになりかけて、だけど、


「…ゴメン。そんな顔、させるつもりやなかってん。」


安田くんは伏し目がちに自嘲的な、あるいは困ったような笑みを浮かべて重めの前髪をくしゃりと持ち上げてから、もう一度顔を上げた。


それから、私をまたじっと見つめて、一歩踏み出す音がして――




私が瞬きをしたのとほとんど同時に、唇が、塞がれた。




すこしだけ、ミントのにおいがする煙草の味がゆるやかな熱と共に私の唇につたってくる。

安田くんの唇が私の唇にぴったりと触れていた。隙間なく、息ができないくらい。



そのゆるやかな熱がゆっくりとはなれていくその背後で、


自動ドアが開く音と雨の音が、聞こえた。








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蒼 夢見子(プロフ) - らてさん» らて様、初めまして。そう言っていただけてとてもうれしいです…!ありがとうございます!以前に比べると書くスピードが遅く滞りがちですが新しいものも完結できるよう頑張ります…!! (2021年2月8日 20時) (レス) id: 3ff9e3c936 (このIDを非表示/違反報告)
らて(プロフ) - はじめまして。蒼 夢見子さんの書く文章、表現、言い回し、描写がとても好きです!素敵なお話をありがとうございました。新作も楽しみにしております! (2021年1月26日 13時) (レス) id: d5862e85a0 (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - まゆ☆まゆさん» まゆ☆まゆ様、読み返していただけるなんてありがたすぎます…!ありがとうございます(涙)たいしたものではないのですがすこしずつ書き留めていてきちんと清書できたら公開しようかなと思っています。いつになるかわかりませんが気長にお待ちいただけると嬉しいです! (2019年4月9日 20時) (レス) id: 5ab3a36ba5 (このIDを非表示/違反報告)
まゆ☆まゆ(プロフ) - 久しぶりにキュンキュンしたくて読み返しました。何度読んでも素敵です!続きが下書き中になっていたのですがまだ続きがあるんですか?もしあるのならばすごく楽しみです(≧∇≦) (2019年4月9日 18時) (レス) id: 8a01f69d5a (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - ちいさん» ちい様、きゅんきゅんしていただけてとっても嬉しいです…!いつになるかはわかりませんが、私も是非またふたりを描けたらいいなと思っているのでその時には読んでいただけるとありがたいです^^ (2019年2月4日 19時) (レス) id: 0c7f8e1b68 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:蒼 夢見子 | 作成日時:2019年1月5日 23時

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