適当に生きたい。【及川徹】 (ページ8)

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旅館の一部屋で、今日撮った写真を見返した。

そろそろ溜まってきたから、紙にして容量の確保をしなければ。

カメラを置いて、部屋から見える三日月に目を向ける。
窓ガラスには、浴衣を着たお風呂上がりの私が映っていた。

今は、日本各地を旅して写真を撮る写真家の仕事をしている。そうやって生計を立てている。
好きなことで食べていられるし、日本一周も両立できるし、最高だ。

けれど、高校時代を思い出すとちょびっと胸が痛くなる。

高校時代、好きな人がいた。
なのに嘘ついて、好きな人の前で、好きな人よりも優しいと言った自分は本当に青かった。

彼がバレーに真剣だったからそれを邪魔したくなかった。
いろんな女の子を取っかえ引っかえしているのに、好きでいることをやめられなかった。
彼に未来の可能性を諦めて欲しくなかった。

本当は、今もずっと好きなのに。

ずっと苦しかった。
だから適当に、楽に生きたかった。
つらい思いなんてしたくなかった。

好きな人のそばにいられないなら、せめて好きなことを沢山やって、悠々自適に生きてやろうと思った。

ああ、せめて名前を呼んでみたかったな。
君は何度も私の名前を呼んでくれたのに、私は呼べなかった。だって恥ずかしかったんだもの。許してよね。

「……そういえば、明日、アルゼンチンVS日本だ」

東京オリンピック。
アルゼンチンVS日本。男子バレーの試合。

花巻君から聞いたよ。
ちゃんと、アルゼンチンでプロ入りしたんだね。

だから言ったでしょ。
及川なら大丈夫だって。

今いるの熊本だし、九州はまだ回っていないところがあるから会えないけど、こっちで応援してるよ。

これから、恋人をつくる気も結婚する気もない。
面倒臭いじゃん。ダルいじゃん。恋なんてつらいじゃん。
別れは寂しいし、
フラれたら暇になるし。

でも、及川。

あんたは自分の選択を後悔しないって言っていたから、私もあんたを好きになったことを後悔しない。

あんたのおかげで、そこそこ青い春を楽しめた。
あの時期がいちばん楽しかった。

今もずっと好きでいるから、
ずっと応援してるから、
愚痴こぼしてきたときだけ返信してやるから、

バレー、いっぱいやっててよ。

あんたのバレーが一番好き。
バレーをやっている姿が一番好き。

私の人生のページにいてくれてありがとう。

全員倒す姿、見せてよね。

ℯ𝓃𝒹𓂃 🏐𓈒𓏸