話をしよう ページ1
梅に連れて来られた居酒屋まで着くと入口のとこに今朝見送った彼の姿
「野上」
「梅さん…」
「上野、お前は今日病院であった事ちゃんと野上に話せ。それから2人で入って来い」
そう言って梅は翔君に何か耳打ちをしてからお店に入って行った
「Aちゃん、お疲れ」
手を引かれ店の反対側に置かれたベンチに座ると彼は着てたジージャンを肩に掛けてくれた
「夜風が涼しくなって来たね」
彼の声に夜空を見上げると南の空に木星と土星が輝いていた。そういえば…初めて翔君があたしの家に来て宅飲みした日、拓ちゃんと3人でベリーちゃん送りながら見上げた夜空にも木星と土星が輝いてたな…
デコルテにぶら下がった土星をキュッと握りしめて小さく深呼吸をした
『…きょう、びょういん、でね』
ゆっくり、言葉を紡ぐ。居酒屋の雑踏で道行く人は聞こえないのか嫌な視線がない
『しゅじいの、せんせいが…こえの、もどりが…おそい、って…はなしてる、のが…きこえた、の』
彼は何も言わず、視線をコチラに向けてただ黙って聞いてくれてる
『きっと…あたしが、なまけてた、から…まともに、しゃべれ、ない。ぽんこつ、せいたいっ』
繋がれた彼の温かな手の温もりと、肩に掛けられた彼のジージャンからする彼の香りに視界が滲むと、グイッと手を引かれて彼の香りに包まれて、梅の前で必死に堪えてた涙もそんなの関係なく溢れ出す
「怠けてないのも、すごく頑張ってたのも知ってるから…ポンコツなんて言わないで」
ぎゅっと何かから護るように抱き締められる。声が出なくなって、病院で翔君の腕の中で号泣したあの時から…いつもこの腕が何かから護ってくれた
『あたし、の…せい、で…しょう、くん…いやな、しせん…むけられて…それが…くや、しい。ご、めんね…』
ユルユルと翔君が首を振った
「気にしなくていい、俺は大丈夫だから」
彼があたしを何から護ってくれてるのか分かった気がする。自暴自棄になって強く自分を否定するあたし自身から、あたしの心が折れないように護ってくれてたんだ
『…もっと、ちゃ、んと…しゃべれる、ように…がん、ば、る、から…もっと、ひとと…かいわ、する。こわい、とか…いって、たら…ふっき、できない…』
「…分かった。応援するし支える。でも無理は絶対にダメだよ。リハビリで無理して逆に出来なくなるってあるんだからね」
あたしの中に転がる破裂しそうな癇癪玉を、彼の声が…あたしの頭を撫でる彼の手が…魔法みたいにそっと鎮めていった
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作者名:福招猫 | 作成日時:2021年9月20日 23時