飛花落葉のように。【原神】 (ページ44)

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がたん、と、玄関口で音がした。来客かと見に行かずとも、それが誰かは漂う気配ですぐにわかった
早朝の日差しの届く窓から雨上がり特有の湿気を纏った街並みを眺めていた鍾離は、そちらに目を向けて僅かに瞠目する

「……ずぶ濡れだな」

濡れ鼠、と表すには、彼女の美貌は雨に濡れたところで損なわれぬが、その表現を思い浮かべるほどの有様だった
しとりと垂れる髪から水滴が落ち続けているというのに、それにまったく構う素振りもなく彼女─Aは床板を眺めている

一応ここは鍾離が璃月港にもった家であるのだが、他人の家に水溜まりをつくることに躊躇は無いらしい

「──見届けてきた」

ぽつりと零された。何をとは、考えるまでもなかった。先程夜が明けて、同時に雨が上がったとき、あの魔神がまた海底へ沈んだのは彼にもわかっていた

「人間たちが勝った」

お前の思い通りだ、と彼女は言う。表情は見えなかった。すぶ濡れの艶髪が帳のように遮っていた
どうだったと鍾離は問う。Aは暫し黙って、また口を開いた

「あの子たちは、輝いてたよ。一生懸命で、命懸けで、頑張ってた。健気で愛らしいくらいに」

敵いやしないと諦める者はいなかった

「……あれが人間か、と思った」

自分には、到底真似できぬ。あのようには輝けぬ。そういったものはもう、この永い生の中で失ってしまった。なら、昔の自分はああであったのかと思えど、もう分からぬほどに遠い過去のことだ。我らの時間は、あまりに永すぎる

「君が、国をもった理由が少しわかった気がする」

──そして、手放した理由も

あの時代は武力をもたなければ生きられぬ。だから民をもち、国をつくることは必要であった。それもひとつの理由だろうが、それにしては岩王はひとに身近な神だった

我らに失われた、ああいった活力を見ていると、なんだかこう……ひどく悲しくて、とても微笑ましくなる

人間は、己の窮地でああも輝くものなのか。あれが生命の輝きか。知っていたが。知っていたことだが

──ふっと笑みが零れた

ひとは、神がおらずともひとりで立って歩いて行けるというなら、もう魔神など必要ないではないか。それならば、だれか、はやく、これ(・・)を終わらせてはくれないだろうか

それはきっと叶わぬことだ。私の寿命は、まだもう少し、続いていくと知っている