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繰り返す声が細く小さく震えていたものだから、思わず顔を覗き込む
「泣いているの?」
「泣いてなどいない」
間髪を容れず返ってきた声は不服そうであった。確かに瞳は濡れていないが、濡れていないからといって泣いていないことにはならぬとAは知っている。これはモラクスの元を離れてから知ったことだ
本当か? と目前の金色を眺めていれば、ふと視界が影に覆われた。それは魈の手であった。隙間から見える顔は斜めを向いている
「……些か、ちかい」
「お。照れたのか」
「照れておらぬ」
「ふうん?」
互いの息がかかる程の距離であったが、初めてでもないのだからそう言わずともいいのに
今度はAが不服そうにして、しかし離れていく彼の掌が視界に入れば、その表情もすぐに消えた。ぱしりとその手を取る
少年らしく細く、武人らしく硬い手を覆う手甲には疎らに血が滲んでいた
思い返せば先程、手を握りしめていたが──
「お前は加減を知らないの?」
何事にも程というものがある。血が出るまで握り締めるものではないだろう
叱る口調でものを言われて、またしても魈は目を逸らした。同時に彼の手もAの元から逃げていく
「この程度の傷、我の気に止めるほどではない」
「ほう。口答えか」
魈は僅かに肩を揺らした。ちらりと彼女の表情を窺えば、怒っているのかも分からぬ静かな目をした、可愛らしい顔がそこにあるだけであった
ふと、口答えするなと言って己を泉に突き落とした昔の彼女を思い出す。あの時と同じであれば、怒ってはいない。怒っていないのにひとを泉に突き落とす奴なのだ。面白がってやっているわけでもないから尚タチが悪い
「しょう」
「…なんだ」
「お座りよ」
さっさと寝台に腰掛けたAが手招く。眉を顰めた彼は腕を組み拒否を示した
「治癒は必要ない」
「…金鵬」
「……わ、わかった」
従う必要はないと分かっているのに、金鵬とそちらで呼ばれてしまっては、魈は断り文句を考える間もなく頷いてしまった
そっと隣に腰かけて、手甲を外した掌を差し出す。よろしいと深く頷いた彼女が掬い取るようにそれを取り、もう片手が翳すようにして魈の平を覆った
そうして、触れるか触れぬかの距離にあった彼女の手が離れていけば、もうそこに傷は無い。魈の掌は綺麗さっぱり元通りとなっていた
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藤宮(プロフ) - ルアンさん» コメントありがとうございます。この小説をとうぞよろしくお願いします (1月17日 0時) (レス) @page48 id: 75e16aadd4 (このIDを非表示/違反報告)
ルアン(プロフ) - めちゃくちゃ面白いです😭💘 (1月14日 14時) (レス) id: 964364b64c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:藤宮 | 作成日時:2022年12月29日 5時