彼女の未来 - 3 ページ22
私には愛する人がいる。
その人はこの世にはいないが、何故だか時間が経つにつれ、会えない時間が重なっていくたびに、その愛は深くなる。
それがたまらなく苦しくて、誰かに抱きしめて欲しかった。
誰かに、なんて言うが、実際は彼以外には抱きしめられたくなんてないのだけれど。
人の温もりが欲しかった。
「お姉ちゃん、見てケーキ」
キッチンから香ってくるケーキのスポンジの香り。
「先日のあの襲撃犯たちは捕まえた」とあっけない報告をリビングで受けていた時、その香りに乗せて妹の声が聞こえた。
それにつられてキッチンへ顔を見せれば、退院したばかりの妹のアリが美味しそうな色をしたシフォンケーキをこちらへ自慢してくる。
「赤井さんとお姉ちゃんは甘いものより、ビターなものがいいかなって思ってね。焼いてみたんだ」
「ありがとう、アリ」
「置いていくから、あとで食べてね」
_カフェ再開の準備をするために、これから業者と打ち合わせなの。
楽しそうにそう話す妹へ小さく頷きながら、コーヒーをすする。
「アリ、家まで送ろうか?」
「赤井さんにお願いするから大丈夫」
「そう」
人の家のソファでくつろぐ赤井へAは大したご身分だな、と文句を言いそうになったが、なんとかそこはこらえた。
彼は自分が軍からのスカウトを受けていたことを知っているにもかかわらず、何も言及してこない。
触れてもらいたくない問題だということは察してくれれいることに、感謝していたのだ。
「赤井さん、そろそろお仕事に戻ってね。ついでに、大通りまで乗せて行ってちょうだい」
「ああ」
「じゃあ、お姉ちゃん。今度はカフェの再開の準備を手伝いに来てね」
ゆるく微笑んだアリは、荷物をまとめ玄関へ向かっていく。
その背中を見守るAの瞳は、昨日のあの軍の上官連中に向けていた視線とは全く違う、温かみがあり、それを見た赤井はなぜか安堵の表情を浮かべるのであった。
「今回はありがとう、赤井さん。FBIには感謝してる」
「仕事だ、大したことじゃない」
そう、彼女の抱えている問題に比べれば大したことじゃあない。
「白鮫」
だからこそ、何かAへ助言をしてやりたかったのだ。
「俺も、恋人を失った。
お前とケネスほど発展した仲ではなかったが、スタートラインには立てるはずだったんだ」
どこまでも表面上で滑っていく言葉で、心の底まで届くとは思えなかったが。
「お前の気持ちはよくわかる、とは言えないが…なにか言いたいことがあるなら、いつでも聞いてやろう」
赤井は、言いたいことを言い切ったのだ。
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i(プロフ) - 完結おめでとうございます!シノユズさんが創り出すユーモアがありそれでいて繊細な世界がとても好きです。今まで素敵な作品をありがとうございました!これからもオムニバス作品も応援しています! (2018年11月16日 23時) (レス) id: 4ee63399c0 (このIDを非表示/違反報告)
Ramu(プロフ) - お疲れ様でした!シノユズさんの作品、シノユズさん本人、本当に大好きです!これからも陰ながら応援してます。 (2018年11月15日 22時) (レス) id: a6556beed0 (このIDを非表示/違反報告)
nyaaaaaaa(プロフ) - 素敵な作品を有難うございました(^^)SNYZさんのカッコいいようで繊細で優しい表現が大好きです。特に09が好きだったので少し寂しいですが…(;o;)もしいつかまた機会があれば続きを書いて頂けたらなぁなんて…(*^^*)(無茶ぶりすみません苦笑)今後も応援させて頂きます! (2018年11月14日 0時) (レス) id: 41b196ef5e (このIDを非表示/違反報告)
SNYZ(プロフ) - Chi-Roさん» 初期の作品から...ありがとうございます!自分の世界観を気に入っていただけて、非常に嬉しいです...!応援にお応え出来るよう精進してまいりますね! (2018年10月10日 10時) (レス) id: 87eaa377ed (このIDを非表示/違反報告)
Chi-Ro(プロフ) - シノユズさん» 中学の時にMINT GREENでシノユズさんのファンになってからずっと読み続けています。他にはないしっとりと心に溶け込むシノユズさんの世界観が大好きです。これからも応援してます! (2018年10月8日 21時) (レス) id: 635f713535 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:SNYZ | 作者ホームページ:https://twitter.com/nnn_zcn
作成日時:2018年7月31日 0時